「最新版:被害届添付参考資料」をご覧ください。 全文はこちら↓ パソコンは→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764557.html 携帯は↓7分割してあります。ご覧ください。 その1→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764658.html その2→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764664.html その3→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764668.html その4→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764670.html その5→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764672.html その6→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764674.html その7→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3764675.html 今日はわが愛すべき家族を紹介します。 管理人無党派無宗教無団体 こと 本村安彦の。昨日2011年5月20日の記念日に。 検索「本村家」で写真付新聞記事が見れます。 Yahooなら↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html Googleでも↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html 本ブログは「コミュニティー国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。                                                                                                                                                                                                              ある日の週末、茶の間のテレビからTV番組の司会者が視聴者に向かって詫びるように、                                                                                                                         「今回はですね、平和トークという事でやりましたけれども、皆さん(視聴者など)からは、                                                                                                                                                                   核(核兵器)の問題もみんなの(高校生の)意見も聞きたかったとのことなんですが、                                                                                                                                                                              今回時間の関係で、、、。                                                                                                                                                                                                                 これだけでも随分高校生の意見を聞けただけでもよかったと思います、、、。」・・・これは、                                                                                                                                                                             沖縄の一ローカル局・RBC・「ポークとたまご」という番組のエンディングの一幕である。                                                                                                                                                                                                                         その翌日の1994年六月十九日、TBS・サンデーモーニングでは、                                                                                                                                           前日のそのとあるローカル局の続報とも思える内容の、                                                                                                                                            センセーショナルな出来事を報じる報道があった。                                                                                                                                                                                                                                                                           それは、緊迫した北朝鮮の核疑惑問題を捉えた映像から始まった。                                                                                                                                                                                                                                                          ナレーション     金日成主席・カーター元米国大統領会談などで、先行きが見えてきたものの、                                                                                                                                          依然として予断を許さない北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の核開発問題。                                                                                                                                                                                    そんな中、先週の金曜日・(六月十七日)羽田総理は国会で、日本の総理として初めて「日本には核兵器を持つ能力が有る」という趣旨の発言をしました。                                                                                                                                                                                                                くしくも同じ六月十七日、今から二十三年前に沖縄返還協定が正式に調印され沖縄が日本に返還されたのです。                                                                                                                                                                                                              (1971年六月十七日調印)                                                                                                                                                                                                                       核を、”作らず、持たず、持ち込ませず”という非核三原則は、この沖縄返還にちなんで、佐藤栄作元総理が国会で宣言した言葉です。                                                                                                                                                                                                                                     しかし今、一冊の本によって、沖縄の核持込の新たな疑惑が持ち上がってきました。                                                                                                                                                                                                                         (「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」・若泉敬著を写し出し)                                                                                                                                                                                                                                          「私は良心に従って真実を述べる」。             この本の中で、ニクソン元大統領と佐藤元総理との間で、核持込の極秘文書が交わされていた事が明らかになったのです。                                                                                                                                                                                                                                             (1969年十一月二十一日、ワシントンDCにて、核持込の密約があった)                                                                                                                                                                                                                司    会   核の問題というのは、ちょっと我々は(国民は)朝鮮半島の方に気を取られていましたが、何で又、こんな時期に、あの羽田さんがあんな発言をし、又、こんな本がでてくるのかってのは、なんか気持ち悪い気がするんですが。                                                                                                                                                                                                        レポーター   そうですね。                         先ほどお伝えしました本というのは、こちらにありまして、”他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス”、若泉啓さんという方が書かれたんですけれども、この若泉敬さんという方は沖縄返還の時に佐藤元総理の右腕となって働いた方なんです。                                                                                                                                                                                                                 この本の中に沖縄の核についての密約があったという事が暴露されている訳です。                                                                                                                                                                                                                        司    会   ここまでずーと政治は、一切作ってもいないし持ち込もうともしていないと、、、こういうことをして来ましたが。                                                                                                                                                                                                    レポーター   非核三原則を貫いていたはずなんですけてどもね。                                                                                                                                                                                                                    司    会   でも、どっかー、アメリカは持って来てんじゃないかと、こういう疑いは常に有ったワね。                                                                                                                                                                                                              レポーター   そうですね。 実際この本、二千八百円という結構いいお値段で、中は小さい文字でビッシリ書かれているんですけれども、これが沖縄では売り上げ一位になっているという、大反響を呼んでいるんです。                                                                                                                                                                                              司    会   ベストセラー!?                                                                                                                                                                                                                レポーター   その沖縄では、実はこの本が出るのと相前後して、新しい核疑惑というのが持ち上がって来ました。                                                                                                                                                                                                                (沖縄の米軍関連施設全体図及び、名護市・辺野古弾薬庫の位置を示し)                                                                                                                                                                                                                             このピンク色の所が全部あの、米軍の関連施設なんですが、この中で、辺野古弾薬庫(キャンプシュワーブ又はキャンプヘノコ)という所、ここには核に対応する施設が有るというふうな話が今、盛んに沖縄では報道されている訳なんです。                                                                                                                                                                                                              司    会   ほうー。                                                                                                                                                                                                                 レポーター   実際に沖縄に行って取材して来ましたので、ご覧下さい。                                                                                                                                                                                                                                     「この条項でハッキリ、本土、・・・に、取り決めたもの、それに何らの変更も無しに適用される。これでハッキリ本土並みですね。本土には核は有りません。何にも本土と同じように適用されるというなら、何らの疑いを差し挟む余地は無い!。」                                                                                                                                                                                                               (当時の佐藤総理発言映像から)                                                                                                                                                                                                                ナレーション   昭和四十四年十一月二十一日、佐藤総理とニクソン大統領は、日米首脳会談で、三年後に沖縄が全面核抜きで返還される事で合意しました。                                                                                                                                                                                                                   しかし、その会談の二週間前、佐藤総理の特使として裏の交渉を一任されていた若泉敬さんが極秘に渡米。                                                                                                                                                                                                           ワシントン入りした若泉さんは、アメリカ側の実務責任者だったキッシンジャー大統領補佐官と連日極秘会議を行いました。  そこでまとめられたのが、今回明らかになった佐藤・ニクソン両首脳による極秘合意議事録文書です。                                                                                                                                                                                                                      この極秘文書の存在を知っているのは、佐藤総理、ニクソン大統領、キッシンジャー補佐官そして若泉さんの四人だけ。                                                                                                                                                                                                     非核三原則を宣言した佐藤総理に対して、ニクソン大統領が要求した内容は、                                                                                               ”重大な緊急事態が起きた場合には、アメリカ政府は日本政府と事前に協議を行った上で、核兵器を沖縄に持ち込む事”                                                                                                                                これに対して日本側は、                                                                                                                          ”日本政府は、米国政府の必要を理解して、事前協議が行われた場合には、遅滞無くそれらの必要を満たすであろう”-と答えています。                                                                                                                                                                                                                                つまり、アメリカから要求があれば、日本政府は核兵器の持込を受け入れる事を約束しているのです。                                                                                                                                                                                                              ・・・つづく                                                                                                                                                                                                                                                                                                 ’06年7月7日               無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?                                                                                                                                                                                                                                      副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                                       読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                                                                                                                             ’06年7月9日           無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           追記:                                                                                                                                                                                 政治=統治作用/政治団体=魑魅魍魎(ちみもうりょう)/政治家=厳粛な信託                                                                                                                                                                                                                      上記表題は、「コミュニティーや国の主体を庶民から政治団体へ厳粛な信託の下、政治家を介して託す」ーとの基本的な国の統治のあり方、”しかけ”である政治団体にまつわる定義のすべてを要約しているのだが、しかし、 だからといって普段の庶民生活の場に於いてまで庶民自らが或る特定の政治団体に関するプロパガンダや宣撫的な情報を奨励・示唆するような偏った恣意的言動を振舞うことは、 ただ単にその魑魅魍魎らの”手のひら”の上に乗っかって踊らされているだけに過ぎないことを庶民自身が自ら気付くべきである。                                                                                                               そのような「寄らば大樹の陰か?」または「長い者には巻かれろか?」だけの単純な選択肢のみでは、、、。                                                                                                                                                      この島々にまで広がった島嶼・離島県である琉球弧・沖縄を”ひとくくり”にしてはじめて成り立ってきた古からの「うちなーん人・琉球弧の中の沖縄県」のアイデンティティーなのだから、                                                                           できるだけ広範囲な島々にまで行き届くような点を配慮しなければならないのと同時に、                                                                                           ましてや琉球の歴史的背景からして政治的DNAが割合多くその島々で潜在するうちなーん人・庶民が、そのような杓子定規的な「定義」だけでより多く集い、身近な、または世界の話題を通してうわべだけでさえも、或いは真に交流・ゆんたくできるものだろうか?疑問である。                                                                                                                                                                                     ”ひと”というものは、誰であれ「いったいどこへどれだけの情報利益がもたれされるのかな?」-ということは当然として脳裏の隅に常時置いていることを肝に銘ずべきではないか。                                                                                                                                                                  このことはこの十数年間小生が、憲法第十六条の「個人の請願権」を盾に常に個人の立場で市民運動を続けて来て、時たま遭遇する”彼らの手のひらの上で踊らされている”庶民の方々に対し常に持ち続けている疑問であるが、、、。                                                                                                                                                            小生が思うに、やはり庶民は国の主体なら主体らしく、普段の庶民生活では堂々と自分自身の言葉で政治問題であれ何であれ物を云い、政治を司るべきである。                                                                                                                                                              そしてその上で、選挙の時だけは政治団体や政治家を厳密に選ぶなどといった、現行の「秘密投票」では当たり前な、そして文字通り「厳粛な信託」をもってしてその政治団体や政治家などを介し、政治を行うべきではないか。                                                                                                                                                                        それが引いてはあらゆる立場の庶民自らの交流・自立を促し、とりもなおさず庶民自身の「庶民生活」の中での「普通」の幸せや成功の「実感」を自分自身の手で掴まえることに繋がるものと考えるが、いかがなものだろうか。                                                                                                                                                                      されど、                                                                                                                                  とは言っても庶民の中にはやむを得ず政治団体や宗教団体などへ既に属する方々も当然多く存在することから、誤解の無いように申し上げたい。                                                                                                                                                                                小生は三十年以上も無党派・無宗教・無団体を貫き通していますが、それは小生の生きてきた環境のせいで偶然にそうなったのであって、決して他の”ひと”へ小生のような無党派・無宗教・無団体を薦めている訳ではありません。                                                                                                                                                                                                                                                ’06年7月4日               無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                               本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。 関連ブログ: ■コミュニティーも国も主体は庶民  http://ryuukyuukentikuka.ti-da.net/ ■沖縄から核施設を撤去させよう!!  http://motomurayasuhiko.ti-da.net/ ■本土との「格差是正」は労賃・年収から  http://reformsekkei.ti-da.net/ ■侮辱されないサイレント・マジョリティー  http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/ ■増補・コミュニティーも国も主体は庶民  http://komyunithimokunimo.ti-da.net/                                                                                     ※2011年1月12日 無党派無宗教無団体 本村 安彦 沖縄緊急重大ニュース:⇒http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2010/08/post_1822.html 今日はわが愛すべき家族を紹介します。 管理人無党派無宗教無団体 こと 本村安彦の。昨日2011年5月20日の記念日に。 検索「本村家」で写真付新聞記事が見れます。 Yahooなら↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html Googleでも↓ http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html       
てぃーだブログ › 沖縄から核施設を撤去させよう!!

2011年12月31日

沖縄問題の真相=「身内同士で権力に着くつかないで揉める縮図」

沖縄問題の真相=「90%の貧困」=「身内同士で権力に着くつかないで揉める縮図」

「あんたのせい!!」

 娘・未姫13歳が8月12日の早朝拉致されたその後直ぐに「家へ帰る」ことが出来ていたら島袋照子(67歳)は突然倒れることはなかった。
ならば、志良堂ちあきき夫婦は、 本村家の娘・未姫を12日に拉致・誘拐した直後から19日金曜日までの間、本村家の主でその娘の父親の了解すら得ないどころか、12日の夜にはすでに家出人捜索願いまで出ている娘の居場所を一週間余りも教えない、連絡すらしない、させないーなどの方法で、無責任に、しかも違法に自宅で監禁・軟禁しておいて、本村家のその娘の父親に居場所が知られそうになった19日の最後の日になって突然自らの母親の 島袋照子 へ その13歳の娘・本村未姫 を引き渡した。
そして翌日20日の夜に、尋ねてきた本村家の主で父親に追及された島袋照子は身に覚えの無い13歳の子どもを拉致・監禁したという罪を負う立場の責任の重さに耐えかねて突然倒れた。
つまり、島袋照子が倒れたのは 志良堂ちあき 夫婦のせい、ということになる。
 志良堂ちあき 夫婦は、丁度第二子が赤子なのを利用し赤ちゃんが大好きな年頃の娘を自らの自宅へ留める手段として狙い通り一週間もの間、監禁・軟禁することに成功した。
だから自らの母親・島袋照子 が倒れたことを病院に行く途中で知った 志良堂ちあき 夫婦は、自らの良心の呵責から逃れようが無くなり、病院で本村家の主で娘の父親に向かって「あんたのせい!!」ーとわざと大声を出してまで、母親が倒れた自らの責任をあべこべに娘の父親へ転化した。
 それにしても家宅捜索された※5月24日の前と後の本村家の暮らしが180度ガラリと変わった。
のお父さんのボランティア活動が即刻、七年も陰で隠れて原発研究をしていた沖縄の電力会社が嫌がらせしたがる内容だったという状況証拠がこれだけ並ぶんだから:
※2011年2月27日。以下の問題を提起し、その原因などの仮説をインター             ネット上で発表する。
先ず今日現在沖縄の健康状況から:
1、1946年以降生まれ世代の全国1早世・早死にの問題。(略)
2、全国平均不妊症カップルの割合が10組に1組なのに、なぜ沖縄では7組に1組と多いのかという問題。
3、低出生体重児・未熟児(1500グラム以上2500グラム以下)が生まれる率が全国1高い沖縄。(略)
3、の原因その1、問題の70歳未満の年代からすれば丁度母体や父親がその息子や娘世代で、低出生体重児・未熟児がその孫に当たる問題。(略)

※2011年3月3日(木)。本村安彦仮説から始まった沖縄タイムス紙スクープ↓
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「かでなで本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
 ※2011年3月11日。フクシマ原子力発電所から放射能が漏れる。      
 ※4月5日(4月8報道)。フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
 ※4月24日。沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。
 ※5月23日。夕方、インターネット掲示板   http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  上で、今回のフクシマ現地の放射能雨の汚染量より、かつてのビキニ環礁での核実験による放射能雨が琉球列島に降り注いだ当時の琉球気象台の記録、17万カウントのほうがかなり凄い放射能汚染量であることを伝え、公表し警鐘を鳴らす。
 ※5月24日。浦添警察署生活安全課による人通りの多い時間帯での、沖縄の核貯蔵庫撤去市民運動歴17年間の主人の個人的な市民運動に対するこれ見よがし的な妻と二人だけの零細自営家業の個人自宅への突然の家宅捜索。そしてその後の2ヶ月に亘るも数回だけの取調べなどの長期嫌がらせによって商売上の信用が顧客との間でぐらつき、以来、この約半年収入が20分の1に激減した。  
 信用が第一の商売。とうぜんながら自営家業の商売が危うくなる。すると売り上げが上がらなくなることで金銭的にお父さんやお母さんを圧迫し、家計や商売がうまくいかなくなり出します。                  
 そして、その被害行為が長引くと当然に精神的にも圧迫され続けることになる。そうなると、当然ながら家庭内では多少の混乱が予想されます。        
 ※六日後の2011年5月30日深夜。長崎放送放映の沖縄核兵器報道に妻と二人だけの零細自営家業の主人が出演。以後、8月3日までの約二ヵ月半浦添警察署生活安全課による取調べが続く。

※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

↓全員「皆勤賞」中 
※2011/7/26 ↓
        県社会福祉協議会の21万円余の資金応援を受け、お父さんが15           年ぶりに自動車の運転免許取得に再チャレンジするため牧港自動           車教習所へ入校し、早速その日から第一段階の仮免許を目指して           一日2時間は受講するようになる。
        ※また、経済的な問題が不十分とはいえ、ある程度片付いていた        この頃。
     3・11の福島原発以来盛り上がっている核問題のボランティア            活動の忙しさのせいで、長女・未姫の練習をしばらく見ていな           かったお父さんは、ひとり「ここ数ヶ月だけとはいえ、物事を直           ぐに投げ出すような粘りの精神がない上に、県や全国レベルを目   同年同月頃   指すような厳しいスポーツ選手の経験のないお母さんにだけ未姫           を任せていた。失敗だった。今なんとかしないといつかは取り返           しが付かないぐらい未姫がだめな選手になってしまうのではない           か」、、、などと、心の中ではもっと長女・未姫の練習をお父さ           ん自身でみるようにしなければならない、と特に中学に上がって           から後からはお母さんにそのあたりの多くをまかせっきりにして           いたことをつくづく後悔するようになっていた。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

        ※具体的に振り返ってみると、確かに毎日夕方には500は飛ばな           ければならない未姫の日課が、お母さんの生ぬるい”お付き合い           練習”に変わってからというものは縄跳びのメニューは中途半端           だった。
        加えて、娘・未姫にとって肝心なはずの陸上競技参加に力を入れ           るかと思いきや、逆にますますなまぬるいテニス部活動へシフト           しだす始末だったことに今頃「なるほど」などと気が付いてき            た。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

同年同月頃   ※その上、未姫は未姫で前回のテストで席次50番以内が未姫本            人が自ら言い出した目標だったにもかかわらず、達せず。しかも           その結果がなんと今回のテストでは前回の順位よりも更に20番以           上も順位を下げる始末になってしてしまったことで、監督責任で           あるお母さんの親としての教育を受けさせる義務を遺棄・放棄の           その結果をお父さんに問われた。と同時に、ちゃんとお母さんが           監督責任を果たしていたならばあり得ないはずのその未姫の成績           だけじゃなく、その未姫の一つ上の兄で中2の望が先のテストの           9点の結果どころかとうとう今回のテストでは0点を貰って帰っ                てきてしまうような出来事までが立て続けに本村家で発生してし           まった。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

       (この様な結果をとある中学校の教師を経験した大先輩はこういう           が、、、「きっ、その港川中学校の中の古い教師の中には、本村           家の息子や娘兄弟が港川中学校鉱区でしかも、あり得ない20年          に亘り兄弟6人すべてが全国でもない無遅刻無欠席を果たすなどと           は考えも付かないようなその古い教師自身の自分本位的な考え方           と、そのまる反対の庶民的な理念で持ってその難行を果たしてし           まった本村家のお父さんに対して何らかのうらみつらみを持つ教           師が定年後も音楽、又は美術、或いは最近職務の増えた特別支援
           学級の教師として居座り続けさせられていて、学校行政の政治的         な力学に利用され続けているのではないか。そのような本村家へ         恨みつらみを持つような誤った援助を利用してしまっているので         はないか」-などと話す。確かその嘱託教師は”あめく”だった         ような気がする。怖いのはその六人の子どもを二十年も育てたこ         とがないにも拘わらず、さもその経験があるかのごとくの言動を
         執ってしまうところである。それに反しようものなら引き下がる         ことを知らないからなおさらだ。しかも、その怨念たるや計り知         れないものが存在していて、恐ろしいぐらいの感じをもってしま         うぐらいだ。)
2011年7月30日 お母さんと一緒に、数日前に三男の自然(しぜん)も連れて、沖縄市の新垣         さん宅で新たなの取り付け工事を済ませた件の続きて出向いた。
↓全員「皆勤賞」中
 ※2011年8月1日(月)↓
 ※8月1日午前10時44分、お母さんの携帯へヤミ金
            融から誘いの電話がる。(これは、当時の1、2ヶ月              ほど前に夫が金銭的に困って、「お母さんん、何処か             短期的に繋げられるようなネット上の金融機関はない              か?」と頼んだことがきっかけだったから承知している)
      午前10時49分、お母さんが宮平体育堂へ
             電話を入れる。(これも、未姫のジャベリックを探              していたから承知している)
      午前11時13分、お母さんが学校用品を扱
             う会社へ電話を入れる。(これも上記と同じ理由だ              から承知している)
      午前11時58分、お母さんの携帯へドコモ
             ショップマチナトから電話
             が入る。(これはきっと以前使っていた携帯電話の              請求の件だろうから承知している)   
     ※夕方6時25分。お父さんの携帯電話に浦添警察署生活       安全課から突然、再度呼び出しの電話が入る。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

        午後6時25分。また誰かの嫌がらせ目的での警察への通報           か、或いは知り合いの誰かからの嫌がらせか??浦添警察署           から呼び出しの電話が突然にあり、二日後の3日水曜日の午           前10時から昼頃までの約2時間ぐらいで済ませる約束がな           された。しかし、その浦添警察署からはもうすでに”終わっ           た”と先月・7月で告げられていただけになんか狐につまま          れたみたいだった。
同年同月同日      ※結局、その夕方は、長女・未姫のこの日迎えた十三歳の誕生             日プレゼントをドンと買うお金がなかったこともあり、仕方             なく陸上競技の投擲競技マイ、ジャベリックを注文したこと             自体をプレゼントの代わりとして、夜になるとみんなでケー             キを食べ誕生日を祝った。
             しかし、お母さんは誕生日のケーキの歌を歌うのもせかせか             と済ませるなど、あまり積極的にその誕生日を祝えなかった             様子を今でも覚えている。
          ※あと2,3日もするとマイ、ジャベリックが届くことか              ら、届いた日から、個人の自主的な練習のためにあんなに欲             しがったマイジャベが家にあるようになり、連夜のようにそ             の競技の投げ方やスローイングのやり方についての談義を本             村家の兄たちみんなの間でも楽しみにしていた。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

同年同月同日    一方、そんな様子を横目で見るお母さんはあまり興味がない            ような感じだった。むしろ、女の子である長女・未姫を男の             子である兄たち同様、時折大声を張り上げて「地震 雷 火             事 親父」的に指導するお父さんの指導方法に対して反発す             らすることが度々起こっていった。しかし、父さんからすれ             ば「お母さんはレベルの高いスポーツ選手に関しては無知、             或いは無経験だから」としか映らなかった。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

↓全員「皆勤賞」中  
※2011/8/2 ↓
※8月2日午後0時24分、お母さんの携帯へヤミ金融
          から融資誘いの電話が入る。
            (これも、当時の1、2ヶ月ほど前に夫が金銭的に困って、「お母さんん、何処か短期的に繋げられるようなネット上の金融機関はないか?」と頼んだことがきっかけだったから承知している)
      午後1時44分、お母さんが友達のお母さ
             んへ電話をかける。(??)
      午後1時45分、お母さんが友達のお母さ
             んへ電話をかける。(??)         
      ※当時しばらくはほとんどお母さんの手抜き状態の練習だけに任せて           ほったらかしていた長女・未姫への不十分な指導の分を取り戻そ          うと、日課の500回縄跳びから、普段の部活や陸上競技の合同練習           などの情報をしつこく本人から聞き出そうと、それこそ図らずも          ますます「地震 雷 火事 親父」的教育を日々繰り返していく           ようになっていった。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

↓全員「皆勤賞」中  
※2011/8/3 ↓
※8月3日午前8時24分、お母さんの携帯へ妹の志良堂
                ちあきから電話が入る。(??)
      午前10時丁度、お母さんがお父さんを浦添
                警察署へ送り届ける。
                これで※5月24日からまっ
               た一連の浦添察署生活安全
               課による金城本村リフォー
               ム設計の本村安彦に対する
               取調べが終わり、嫌疑が晴
               れ、事件が終息した。 

 ※8月3日。浦添警察署生活安全課は最後の仕上げとばかりに、妻と二人だけの零細自営家業の個人へ間をおいた取調べ攻撃を2ヶ月ものらりくらり続けたあげく、「貴方の放射能除去浄水器販売自営家業・生業と核兵器撤去ボランティアは早くやめなさい」とのある種の脅迫メッセージを届けることに成功する。  

    午後1時ごろ、 お母さんがお父さんを浦
           添警察署近くにいるお父さ
           んを迎える。
    午後1時49分、お母さんの携帯に090-
           2069-9934から着信がる。(??)
    午後3時33分、お母さんの携帯へ妹の志
           良堂ちあきから電話がる。(??)
    午後4時31分、お母さんの携帯に県内の大
           手金融会社のオークスの債権
           取り立てセンターから電話が入
           る、、、。(??)



 ※この日、一連の家宅捜索事件が終息して、その他の懸案も解決を見たことで金城本村リフォーム設計としてはあとは新たな戦略の模索に入りつつあったが、その一方では、滞ってしまっている様々な学費や最低限度の衣食住の費用といった金銭的な問題などが一挙に脳裏をよぎった。
     午前10:00分~午後1:00分頃まで浦添警察署の市民生活安全課か            ら呼び出されて、なんと一ヶ月以上も前の先月7月の初旬まで           には5月24日以来5回に亘って取調べをしてまでその事件は間違            いだったということで終えているはずの、十分に何の疑いもな            いことが分かっているはずの事件の件での突然の再調書だっ             た。
         と言うのも、そのことを問う私に対する担当刑事のしどろもど            ろの説明などからは一体何のための呼び出しだったか今もって            分からない呼び出しだった印象を強くもっている。(よっぽど、           これはもしかして、、、警察関係にいる者の仕業では??など、           或いは警察そのものではなくて、誰かの嫌がらせではないか?            などと思うようになっていった。
         ※当然ながらこの日も長女・未姫への厳しい声が親父から飛             び、本村家に久しぶりな活気がみなぎった。
         しかし、その一方、昨今の浦添警察が家宅捜索までして、それ            まで誰も侵したことがない本村家やお父さん、お母さんの家へ            まで深く入り込んで繰り返す嫌がらせが続いていたことをきっ            かけに、長女・未姫にまで上の男の兄弟並みな厳しい指導方針            を貫き通すアスリート一家としては当たり前的な考え方をめぐ            り、昨日まではそんなアスリート一家の妻として、母として普            通についてきていたお母さんは、お父さんがこの日の取調べに疲れて帰って来た後からは、急に警察という虎の威をお母さんはどこから借りたのか急激に「女子にまでそんなに厳しくする必要などないのではないか」、、、などと大柄な態度にまで出てくるようになっていいった。いったい何時何処でなにがあった??
         どうも、今思えば、お父さんが取調室に居る間のこの日のその            時間。午前10時から午後1時くらいまでの約三時間、一体何            がお母さんを大柄な態度へ変えていったのか??なんで急にそ            のお父さんの考え方への対立が始まったのだろうか???
         これはあくまでも推測だが、その3時間のあいだ、実は2年前に母さ         んからの浦添警察署まで来て夫婦喧嘩のことで相談に来ていた時の相         談保管記録を脅しに利用したんじゃないか。そしてこんなことを行っ         たんではないか。
        お母さんも事情聴取として、また以前のように、警察署の駐車場または生活安全課かどこか裏祖警察署内の伊礼課長が担当となって別の場所で、その家宅捜索まで過剰にやってしまったような事件のお父さんの調書の裏を取られていたのではないだろうか。
だから、そのお父さんだけの浦添警察署での取調べのある朝にそのことを伝えるために実の妹の志良堂ちあきから電話があったんじゃないか。
警察関係者を兄に持つちあきの夫が、その兄からその旨をお母さんへ伝えるようにとちあきの夫から指示が出たんじゃないか。
つまり、食堂「ふく家」の経営者の妻でお母さんの実の妹の志良堂ちあきから「本村の取調べ中、その話を別の場所でお母さんへ聞かせて、裏を取りたいから本村を降ろしたら、食堂「ふく家」なり、その警察署の何処何処へ行って取調べを受けて」などと、何らかの方法でお父さんが取調室で話している内容の裏を取らされるから、-との電話があったんじゃないか。
そして、その取調べが終わった頃にまた、「本村に気付かれなかった?」と確認の電話を入れて、このお父さんには「一切話さないで」などとの何らかの密約をさせられたことで何らかの縛りをその実の妹を介して食堂「ふく家」の夫の兄の警察関係者から圧力をかけられたんじゃないか?だからお母さんはそれ以来黙りこくようになっていったのではないか?そして2年前の浦添警察署にした夫婦喧嘩のことの相談相談保管記録のことを一切知らないお父さんへもし、今日の事を話したらお父さんへ知らすぞ!!と脅しにも利用しているんじゃないか。
 
         或いはそれとはまったく逆に、お母さんに近い身内の誰かが、            またはその他の他人が本村家のおやじに対する個人的なねたみから浦添警察署へうその情報を入れ、そのような状況に本村家を陥れようとしたのではないだろうか?
         ※その外に考えられることとすれば、例えばその3時間のあ             いだ、お母さんは故意または偶然にお父さんには内緒で妹や            故・島袋照子らが経営する食堂のふく家でアルバイトをしてい            て報酬まで貰っていたとすれば、多少のお金ならそのように稼            ぐことが出来ることを約束してくれるふく家食堂の血縁者らと            暗黙の了解とうい密約が成立したことになるとなれば、それな            りに考えられる行動が無きにしもあらずではないか??
          或いは、すでにそれはそれ以前から始まっていて、例えば伊             祖の展望台にあるあゆむのお母さんが経営するパーラー               の食事メニューの多様化とふく家食堂との関係などが可能性と            すればありそうであり、勢理客の篤の焼き鳥屋のメニューとふ            く家食堂や、ちあきの嫁ぎ先のゲーム喫茶とふく家食堂の関係            などであったりといろいろと考えられることはないではない。            なにしろ、おなじ食べ物屋であることから、仕入れや処分の無            駄を互いに補え会えるという三者共通の利益がそこには厳然と            してあるからだ。
          本村家はもう20年も前から生業・自営業で、お父さんとお母             さんと二人で一日にかなりの実益をあげないと家族が食っていけ           ない大家族特有の膨大な固定経費がある。食堂のアルバイト程            度の収入などでどうやって7人の大家族を養っていけという             のだろか。そんな本村家にとってはいい加減で無責任な行動             で実はお父さんへは一切内緒で、影にかくれてお母さんは自             分のかつての身内を応援していた、というようなトンチンカ             ンなケースも考えられなくもない。だから話せない。だから家            を出続ける。、、、のではないか??
         そのような様々な要素を日々一身に受けていながらも、「もっ            としっかりしないと!!」とお父さんに怒鳴られながらも何と            説明していいものか説明しようにも、すべてを、特に浦添警察            署の追及や暗黙の密約まであったとしたならばお父さんに説明            できるわけもなく、試行錯誤の末、いらいらが募り募っていっ            たのではないだろうか。特にこの浦添警察署絡みの件はお母さ            んに理解しろといってもそう易々と理解が出来ない複雑怪奇な            出来事だ。特に女性にとっては。
         これは5月23日でも書いていて、繰り返しになるが、そんな裏            側のこの社会の情報分析をやる術のないお母さんは、自分自身            のことであることでさえも本当の事の真相を知らないのだか             ら、ましてやお母さんからの相談や話を聞いたお母さんのお母            さんで故人・島袋照子などや、実の妹などはそもそも知る由も            無い筈である。食堂ふく家の経営者以外では。
         そこを、間違ってしまった故・島袋照子が婦人相談所か浦添警            察署などへ単なる夫婦の問題や家庭内の問題として、ありもし            ない「DV」や虐待ではないか?などと大げさな狂言までして            相談を持ちかけていたことからも分かるように早まった行動を            とってしまい、すべてお父さんに問題ガあるのではないか、と            いうことで訴えられたあらゆる機関が真に受けてしまい、お父            さんを中心とする本村家を破壊していることになってしまって            いるのだろう。
         いかに、そのような故・島袋照子のおろかな行動がこの家の主            であるお父さんを貶めることになろうとも、この家で暮らす六            人もの子どもたちの生活やお母さん自身の生活まで破壊するこ            とになろうともお構い無しに。全く理不尽で酷い話だ。
         だから、お母さんにまつわるすべての第三者の外力での刑法犯            などの犯罪までをも浦添警察署の生活安全課は否定せざるを得            ないのではないか。なにしろ、もしそうならばその第三者とは            浦添警察署生活安全課そのものでしかないだろうからだ。
         よって、お母さんの家出の始まりは5月23,24日の             浦添警察署市民生活安全課の家宅捜索にお母さんまで巻き込ま            れて以来。お父さんでさえ、今日までその意味をまったく推測            も理解もできなかったのだから、お母さんとすれば余計に知り            ようがないわけなのだからお母さんはかなりの精神的混乱をき            たしていたことは間違いないだろう。
         そして、そのような状態のままおよそ二ヶ月半が過ぎ、一連の            取調べの結果何の疑いも無いこととなったはずのその家宅捜索            事件での再度の突然の呼び出しを8月1日に電話で知らさ             れた直後、夫婦で「何で??」「再三の事情調書作成ですべて            疑いが晴れて終わったはずなのに何で??」と顔を見合すたび            にため息をついていたぐらい大きな精神的混乱に二人とも陥っ            ていったのを忘れることが出来ない。
(※その翌日、8月4日の昼からは金城本村リフォーム設計の共同経営者のひとりでもある妻がひとりで家出し外泊を続け、もう二ヵ月半にもなる。)
        だから、それから3日後の8月4日のお母さんの突然の家        出は、浦添警察署のそのような訳の分からない突然の呼び出し         や、営業妨害などが主な原因で精神的混乱をきたしたことに起因         すると言っても過言ではないのではないか。
        いや、浦添警察署にとっては下記のようなそのような狙いがあっ         たといっていいほどの狙いがあったのではないだろうか。も         し、そうならば、明らかにその浦添警察署がお母さんを家出する         まで追込んだんだろうとしか言いようがない。
(※その取調べの翌日8月4日。妻と二人だけの零細自営家業の個人業者の妻で共同経営者で運転手役が、この自営家業では今後も警察からいじめられるのではないか、との恐怖心から、いち経営者としてもいち主婦としてもすべてを遺棄・放棄し、一人で家出。      
        お母さんが一人で家出をしたその直前の様子を記した「8月25        日付けで家庭裁判所へ提出した仮処分申請書」の一部内容を下記        に抜粋しましたので是非ご覧ください。

※2011/8/4昼前→ 以下、仮処分申請書から抜粋:
         8月4日。その日の昼前に家に戻る途中の                   車内。夫婦でもめた。
          原因は、妻の仕事中の携帯電話の多さだった。
       電話の会話の調子からその相手の中には知っている者もいれば知ら       ない者も含まれることがある程度分かることが災いし、全く誰かが       分からない時には「誰?(二人で情報交換しなければならないこと       がこんなにあるのに妻への着信が邪魔でコミュニケーションがとれ       ないの意)」「忙しいから切っとけ!俺がいる時は後でと言えば」       「今旦那がいるから後でねと言うんだ」などと連発する時もある。
     結局何でもない証明で終わった5月24日の家宅捜索。何でもない       事が分かる先月7月末までの約二ヶ月の間に4~5回の事情聴取で        狭い街では信用ががた落ちで売り上げが普段の十分の一に激減し        た。
      (家宅捜索時の押収品目録交付書の写し2枚を添付したので参照のこ       と)
       、、、これははほんの一例だが、このところ様々な出来事が我が家         を覆い続ける。
       そんな中、車の運転以外は夫の私が自営業のリフォーム関係の         仕事をこなす。
      しかし売り上げがきつくなって約4ヶ月。心配事が山ほどあるにもか      かわらず妻の運転中での、こんな調子でのほほんと、ぺちゃくちゃぺ      ちゃくちゃやっている姿を見て後部座席から携電話を取り上げた。
      その時に互いに胸ぐらを掴むなどの揉み合いになって先に夫のボタン      一つ妻が引きちぎっただけでその後も口喧嘩以外は何もなかった。
       そのまま昼御飯を待っている子どもたちも家で待っていることもあ      り、妻は家の駐車場で再度けんかを挑発するも、丁度子どもの姿が見      え出した場所に差し掛かったこともあり到着後、出来るだけ子どもた      ちに気付かれないように振る舞い、そのまま時差を付けながら家に          入った。
    (8月4日といえば、丁度昼過ぎから強風域に入りつつあった日)
       二人が家に入ってしばらく経ってそろそろ台風時の買い物を済ませ      ようと、丁度車の運転ができる次男がたまたま来ていたこともあり、      さっきの揉め事でスッキリしていないことも手伝い、結局その次男と         買出しに出掛けた。
      娘の話によると(ひとり家に残った)娘の父親と兄が買い物に出掛       けると同時に図ったように家にはない携帯電話を探し回るも夫がその      まま持って行った事に腹を立てる。
      そして、午後2時頃までにはその台風の最中、独りで家を出た。
     (娘の家ではリフォーム業を自営し、長年生業として来た。その手伝い      を運転免許のない夫の運転手としての重要な手伝いもしている母親が      娘だけではなく他の4人の兄もいる家を捨てどこへともなく姿を消し        た)
      その時家にはその中1の娘だけだった。
      しばらく経って買い物から戻った娘の父親である私と娘の兄は娘の母     親がいないことに気付き、一人で残されたその娘へ尋ねると「知らん」      とパソコンに向かったままそっけない返事。
      その日の夜になって台風は益々本格的に吹き荒れだしたことから心配     になってその母親がいなくなった時の詳しい情報を得ようと娘再度尋ね     た。
     すると娘は「とにかく何処に行ったか分からない。3~4回玄関のドア      をバタンバタンさせていたからきっとタバコを切らしていてイライラ      して外にタバコを買いに行ったかと思ったらそのまま帰ってこない」        と。
      またこうも推理する「これは自分の想像だけど、どっか近所の家に行     き、、、、」とも。
      娘の父親や兄たちも、又か、、、と。娘の父親は「50(歳)も超え     てもまだ同じ事を繰り返して家を捨てる母親を探し回るのも恥ずかしい        からと放っておいた。  
     5、6日経って娘の父親が心当たりに声を掛け出した。
        、、、、、以下省略。つづきは、別紙「仮処分申請書」を参照の     こと。   
 この二十年余、諸般の事情から妻に自動車の運転をすべて任せてきた。しかし、妻が自動車を運転しなくても独自で自動車の運転が出来るようにと、7月の末から15年ぶりに自動車教習所通いを始めた。
理由は、生活や仕事、そして長年続けている自営家業で妻が居なくても自動車が自由に使えることで便利になり、身軽に動きやすくなること。
そしてもうひとつは、かねてから市民運動家でもある私のライフワークの「沖縄から核施設を撤去させよう!!」との言論ボランティア活動や放射能除去能力のある浄水器の宣伝・営業展開ももっと幅広くできるのではないか、ーとの理由からだった。
つまり、これまで二十年という長年、運転手役の妻と四六時中常に一緒に行動することから、本村家の主である私の公私の行動範囲について知りたければ妻からの情報だけで全てが分るという情況だった。
しかし、その七月から自動車の運転免許証を取得しようと試みると、かねてから警察裏金を小遣いとして稼ぐ「情報屋」の○○を介して市民運動家でもある私のライフワーク「沖縄から核施設を撤去させよう!!」ーとの言論ボランティア活動を違法に監視していた宜野湾市真栄原の新町で売春婦相手のゲーム喫茶を営みながら、二、三年前からは浦添市伊祖でその新町にあるゲーム機・喫茶店の支店として出店した食堂「ふく家」の経営者でもある妻の妹とその夫の兄の警察関係者らは「情報が握りにくくなる。困る」ーなどと、危機感を持った。
そこで、今度も前回同様、本村家の妻を家出させる方法で私に無免許運転をさせる状況を作り出し、緊急避難的にやむを得ず無免許運転をしたところを真栄原のゲーム喫茶と食堂「ふく家」の経営者である妻の妹の夫の兄から浦添警察署へ「職を通じて」通報・逮捕・監禁させる策略でその自動車運転免許証の取得をも断念させ、同時に仕事も出来ないようにし、ライフワークの「放射能除去可能な台所用浄水器」販売営業とその関連ボランティア活動をもさせないようにした。
そして、
★8月4日に運転手役の妻を行方不明にさせられた。
 ★8月4日。午後二時ごろ妻が上記の理由で一人だけで悩み、呼び出された上記のような理由を夫の私へ説明が出来ないことから告げられずに一人で家出させられた際、娘にだけはなんらかのメッセージを告げていたが、いなくなった直後にそのような何らかのメッセージはなかったかどうかと聞いた父親の私へ、うまく話せなかったことを13歳の娘は現在も後悔している。
★私は5日後の8月8日に家出中の妻の居そうな心当たりを探し当て、翌8月9日、家に実母や妹の香に伴われて戻ってきた妻とその運転免許の事について話し合いをした。
★私はこの間も当然のようにチラシ配りと営業は徒歩で続けた。
 ★翌日、8月9日の夜に、娘の母親がその母親の実母の故・照子を伴って、家へ帰ってきた。
その家とは、その13歳の娘が生まれる以前から他の五人の兄たちも一緒に一家八人で住んでいる家である。
故・照子が我が家へ来たのは確か初めてか、二度目だった。
過去に尋ねてきたことがあったとしても玄関先、または表の通りでの立ち話が一度か二度ぐらいあったかどうかの記憶しかないぐらいである。
★翌日朝から、せめて夕方ぐらいまでの時間帯だけは仕事の件とは別にしてでも当時すでに家に残る遺棄・放棄状態にあった後になって拉致されることになる娘も含む5人の未成熟子の扶養の義務だけは最低限果たすことを決める。
自分の産んだ二人の中学生も含む5人の未成熟子への扶養の義務だけは果たさなければならないことについて強く主張する娘の父親の私と、「子どもは中学まで面倒見ればそれでいい。そして学校を出たら逆に親や家族の面倒をみないといけない」などと、一昔も、ふた昔も前の常識を言い張り聞かない故・照子との言い争いが元で、仕方なく「未成熟子への扶養の義務だけは果たさなければならない」ことになったことが気に入らないその故・照子は、翌日からはこれまで本村家の子どもたちに対して祖母といえども禁止されていたある行為を本村家の主である父親の私に何の断りもなく二人の暗黙のルールを破り、始めることになる。
その行為とは、その故・照子がかつて私に注意されて以来、その考え方の違いを巡って争いのある行為のことである。
それは、かつて故・照子とすれば孫にあたる私の六人の子どもたちへこっそり「内緒でね」などとのニュアンスでお金を幾らか渡そうとする些細なことで、何でもないように見えるそのような行為そのものが実は祖母の「子どもの親をないがしろにする無責任」だと、父親の私にとがめられた時以来だからかれこれもう十年以上にもなる。
その後、そのことについては、互いに触れないようにしてきた。

 ★翌日、8月9日の夜に、娘の母親がその母親の実母の故・照子を伴って、家へ帰ってきた。
その家とは、その13歳の娘が生まれる以前から他の五人の兄たちも一緒に一家八人で住んでいる家である。
故・照子が我が家へ来たのは確か初めてか、二度目だった。
過去に尋ねてきたことがあったとしても玄関先、または表の通りでの立ち話が一度か二度ぐらいあったかどうかの記憶しかないぐらいである。
その日の私との言い争いが元で、翌日からその故・照子はこれまで本村家の子どもたちに対して祖母といえども禁止されていたある行為を本村家の主である父親の私に何の断りもなく始めることになる。
その行為とは、その故・照子がかつて私に注意されて以来、その考え方違いを巡って争いのある行為のことである。
それは、かつて故・照子とすれば孫にあたる私の子どもたちへこっそりと「内緒でね」などとのニュアンスでお金を幾らか渡そうとする些細ななんでもないような行為そのものが実は祖母の「子どもの親をないがしろにする無責任」だと、父親の私にとがめられた時以来だからかれこれもう十年以上にもなる。
その後、そのことについては、互いに触れないようにしてきた。
 そして、その翌日から、母親に父親抜きで車で連れ回られ父親の目を気にせずにその祖母ら、母親の親族らから様々な施しを受けるうち、いつもなら「お父さんに怒られるから」と断っていたこれまでの道理から外れ、断らなかったことを父親の待つ家へ帰って来る度に悩むようになる。
★翌日から子どもの送迎と家事だけは最低限やる目的で朝早くから何処からともなく現れて家事と子どもの送迎だけはやり続けた。
 ★翌10日。朝早くから一日中家出中の母親と一緒に奥武山のテニスコートの試合や練習試合の会場の駐車場などで営業用自家用車を自由に使い過ごす中、一方の父親はひとり自動車が使えないことから浦添市内を徒歩で営業回りをしていた。
そんな子沢山貧乏ひま無しの本村家の一員としての普段でなら、なかなかありえないようなゆったりとした時間を母親とたった二人で過ごすなどと、ある意味、贅沢三昧を覚えさせられてしまった娘。
そうやって居る間に、家に残る他の多くの家族のことをつい忘れてしまうなどとは無責任なこと。それこそ慎むべきだ、
ーとの教育方針を常時持つ父親の私に対して説明し難いことを色々と重ねさせられた挙句、家へ帰って家事を終えた母親がまた夜になると何処へともなく消えさった後、案の定その事を察した父親の私が問い糾したことで窮屈感を覚えた娘。
 ★その翌日の11日の朝も早くから昨日同様、一日中家出中の母親と過ごし、更に説明し難い様々な出来事を重ねさせられた一方、
その晩は娘の母親を除く家族全員でそのような背景にある母親自身のかつての親族らが真の問題だが、しかし娘の母親を「民放877条の扶養違反」と「悪意の扶養義務遺棄」で家庭裁判所に訴える事でその背景を表に引きずり出し裁こうとすることを決める父親の言う「もしかしたら三ヵ月後には間違って離婚になっているかも知れないぐらい大事な申し立てだから」との話と、その晩の厳しい躾をする父親の説教を聞き、父親の本気で申し立てをする覚悟にあらためて気付き、不安になりながらも自分ではどうしようもないことで動揺した娘。
★しかし、運転免許のない私が、徒歩で出来ることといえば自宅の地元を回るぐらいだが、それでもなんとか営業に毎日出てライフワークのボランティア活動を兼ねながら放射能まで取れる浄水器の販売営業を続ける傍ら、運転免許取得へ向け自練へ通うのを繰り返して三日ほどした
8月12日の早朝。
★その日も何処からともなく娘の早朝練習の出発時間に少し遅れてやって来た妻へ、待ちきれず徒歩で先に練習へ出掛けた娘を途中でピックアップするよう指示を出し、娘を浦添総合グラウンドへ連れて行くように頼んだ。
 ★家出中の妻へ家にいる娘をグランドまで送らすと、妻は娘を送る車内で、その娘から昨晩の情報を得るようにとの指示が出ていて、肝心な保護責任者である娘の父親へは一日中何の連絡も無しに連れまわされる。
☆おそらくその時は、「いかなる理由があろうとも直ぐに家庭や仕事、そして社会的なあらゆる物事をむやみに放棄させられてしまっているようなお母さんを真似することがない母親になりなさいね。お前は。お父さんは知っている。娘のお前に対してお母さんがここ2,3日しきりに自己弁護を繰り返しているのを。しっかりしなさいよ!!」
ーと前日の晩辺りからその13歳の娘へ陸上のトレーニングを行いながら、更に厳しく、時には涙がにじむほどのいち人間としての教育的指導を繰り返しながら強くコーチしていた事を娘から聞いて知った妻から聞いた妻の妹の 志良堂ちちあき 夫婦や、夫の兄で警察関係者らが、自らを省み、確かに自らは宜野湾市真栄原の「新町」通りの売春街で売春婦の稼ぎを期待するゲーム機・喫茶店という商売の関係で、裏稼業も交えるなどといった「理外の理」が正しい、ーとの自らの道理からは到底考えられないような本村家の理念や方針、ーというだけの理由で只、単に「気に入らない」と思い、その時は、只それだけの理由で娘の拉致をもくろんだ。
その行為が夜までかかった関係で、娘は、仕方なく自分も一時的にでも家出をしなければならない情況に追いやられる。
 ★、これは特記しておく。この日も、その前の晩も娘への教育的指導やかなり厳しい躾や説教。そしていつもの「地震 雷 火事 おやじ」的な怒鳴り声も確かにあったが、この日から二ヶ月以上経った10月27日という後々になってでっち上げで持ち出す「配偶者の暴力」などはこの時も、その娘が生まれて13年間一度も一切無かった。
 ★これもこの日から二ヶ月半経った10月27日の「配偶者の暴力」でっち上げで明らかになることだが、この日は「配偶者暴力相談支援センター」へ、その娘へも、当然その妻へも暴力も何もないにも拘わらず「配偶者暴力相談」で行かされていることが分っている。だから、その違法な行為を行った浦添警察署は娘へこう脅迫した事になる→「絶対にこのことだけは父親へ話すんじゃないぞ!!」と。
その事で娘は常に今でも脅されていて家へ帰れない。
そして拉致誘拐目的のための偽装として「父親が娘に対して『性的』虐待をした」「又は夫が妻へ暴力を振るった」などとありもしない「デマ・狂言」を、先ず警察関係者でもある食堂「ふく家」の経営者の 志良堂ちあき夫婦の夫の兄らから浦添警察署へ流し、その後その13歳の娘まで伴って同じ浦添警察署内または何処かの「配偶者暴力相談センター」へ暴力も何もない普通の状態の家庭にもかかわず出向くことでの拉致誘拐のアリバイ作りと、そして当面の家出の正当性を確保する目的でその女性センターなどを悪用することを父親へは一切連絡もせず違法に連れ出し巻き込んだ。
その後、浦添警察署は裏を取るうちにその事実は無いことに気付きはしたものの、素直にこの夫で父親の本村へ「疑って済みませんでした」と一言謝罪すれば済んだ話にもかかわらず、その時すでに一週間が過ぎていて後へ引けなかったのか、それとも庶民を馬鹿にしたのか浦添警察署はなんと逆に犯人の彼らにそのまま拉致させる一方、急遽浦添警察署自らは高みの見物に転じようとするなどと、その本来ならば市民へ「謝罪」しなければならないことからそれを拒み続け、言い逃れをすることにした。
☆だから、浦添警察署は私の娘13歳に対し、そして妻に対して私、本村安彦といった人物で夫で父親をなんと、それなりの「悪者」に仕立てる必要が生じた。
つまり、愚かにも彼ら犯人らは、恥知らずなのか自らも同じ境遇である「父親」といった一種、家庭内ではある意味「神格」化、または尊敬されないければ成り立たないはずの一家の大黒柱である存在を逆に、尊敬されない「悪役」に仕立てる必要性が生じた。それが、事の始まりではなかったか。
 ☆おそらくその日の時点ではすでに犯人の彼らも、そして浦添警察署も一緒になって運転手役の妻が居ないなら居ないなりにやむを得ず地元を徒歩で回るなどの方法での営業やボランティア活動をしぶとく続ける私に対し、娘まで居ないとなれば、きっと今回も過去同様、緊急避難的に無免許で自動車を運転し、娘の捜索を始め出し頻繁に無免許運転を繰り返すのではないかと踏んだ。
また、翌日の8月13日予定の全国放送へ父親の私が出演するとなると、私の仕事やボランティアも間違いなく好転することにつながることは目に見えていたことから、「本村の家族潰し」を企ててきたそれまでの努力が水泡に帰するのではないかとの危機感もあって、「娘の拉致」などという大それた犯行行動を取り続けさせることにした。
更に、その全国放送出演という私の約二十年来のライフワークが実り成功する姿を、いずれは自らの商売の広告塔として利用したくて手に入れたい娘・未姫(みき)へだけは見せたくないという思いもあった。
なにしろ、彼らが、夫の兄で警察関係者の職を通じて浦添警察署を利用し、拉致以後のこの娘へ行った悪戯では「あんたのお父さんの商売は悪い商売で、被疑者とまでなっている」などと警察官から十分すぎるほど思わせるような悪戯などがあったぐらいだから、当然ながらこの事件は只単に犯人らだけの単独犯行とは考えられないとみるのが普通だ。
 無免許運転での逮捕監禁を目的に娘の未姫(みき)まで拉致してまで私に無免許運転をさせようともくろんでまで見たものの、しかし私は、 この8月12日の午前8時18分以来連絡の途絶えた娘の未姫(みき)と妻を案じ、試行錯誤の末、その時の連絡係りの四男の公平(こうへい)から伝えられる状況を「拉致」と疑い、認識・判断した午後2時ごろには前日からその拉致された娘の未姫(みき)や家出中の妻、その他の家族の一員らに話してあったとおり、その彼らの悪戯を那覇家庭裁判所へ「拉致」と口頭で訴え、申立て書での手続きではその疑い、認識・判断である「拉致」を確かめる目的で、その彼ら食堂「ふく家」の経営者や第三者らを浮き彫りにする目的でとりあえず、その当時事実として表面に現れている現象である妻の置かれた立場から始めることとして「扶養の義務悪意の遺棄母妻事件」として彼らの思惑などまったく知らないであろう妻を相手方として調停を申し立てていた。
それ以来、その家庭裁判所への調停申し立てによって、そのようなその食堂「ふく家」を中心とする彼らの「本村潰し」の手段であった「無免許運転での逮捕監禁」の思惑は的外れのまま今日で四ヶ月を超えている。
 そして、その8月12日の夜の8時頃になって私が浦添警察署へ娘の分の家出人捜索願を出し、数時間前には家庭裁判所へ「その妻を利用している彼らを浮き彫りにする目的」があることは伝えず、只単に「扶養の義務違反の妻」という趣旨だけの文書を見せ、その通り調停を申し立てていることをその時の浦添警察署の警察官へ伝えてもいた。
★家庭裁判所への調停申し立て書提出を済ませたことが明らかになった父親からのその娘へのメールで知った娘拉致誘拐のその犯人らは、ややもすると今日の出来事も明らかにされるかもしれないことを察知して、自らの犯行を隠蔽する目的で、あわてて「夫婦喧嘩や家庭内のDV」などというストーリーで、「その家の娘と母親が二人で伴に家出をした」-との偽のアリバイ作りを急ぐため、わざわざ妻や娘をかくまっているその場所とされる浦添市城間にある県営団地の3号棟ー401号室まで出向き、ひっそりと娘だけを別の場所である食堂「ふく家」の経営者宅で妻の妹の 志良堂ちあき夫婦が住む浦添市城間2丁目2番6-507号、マンション宮城へ移す画策を練った後、「配偶者暴力相談支援センター」のある浦添警察署へ妻を脅し、そそのかし出向かわせ、手続きをしてアリバイを成立させた。
その事で娘は常に今でも脅されていて家へ帰れない。
★この時、確か午後の10時過ぎだったと思うが、その団地の一室の入り口付近ではこんなことがあった:
 ★その二時間ほど前の午後八時ごろに娘の家出人捜索願を提出して、「もしや?」と思いその団地へ確かめに行った。
★すると、部屋のある四階の踊り場付近で様子を見ていると、団地内へパトカーが入って来て、その警官の一人が登って来てその部屋のドアを指差し、【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】私にそうとは知らずこう言った「来てる?」-と。
★つまり、浦添警察署へ【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】私に対して、その浦添警察署の一部の幹部らは実は三ヶ月前の5月にでっち上げた事件で私の自宅の家宅捜索までしいることを知っていた。しかも、当然ながらその事件が九日前の8月3日には決着をみていたことも承知していた。
そして、その決着から10日後にあたる翌日13日土曜日夕方5時半には全国放送のTBS「報道特集」に「放射能や、沖縄の核兵器の専門家でもある沖縄の建築家」-という立場で沖縄の核問題を証言することも当然ながら分っていた。
 もうお分かりだろうが、その事を知っている普通の沖縄の警官なら、この場合、逆に貶めたいと思う警官の数のほうが多くなると思うがいかがだろうか。
 だから、その浦添警察署の生活安全課と110番係りの警察官らはその家出人捜索願が出た直後から思案していた段階ではすでに浦添警察署幹部らの思惑通りの上記の場合の後者の類が大勢を占めたのだろう。
なんと、地域の交番へ連絡をすることになる際、まさかそんな「言論弾圧」に繋げる思惑があるなどとはまったく知らない地域課の交番の警官へこんな指令を出すことになる。
 指令:生活安全課から地域課へ、「【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】父親の本村がもしその匿っている場所へ探しに来たら追い返せ。訳は聞くな」ーと。
 そんな浦添警察署幹部らの思惑など知りようもない地域課の交番の警官らからすれば【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】本人を、我々警察官が信じないなどとの通常ではありえない変な指令でしかなかった。
しかもその異常な指令は自分の属する地域課とは別の生活安全課から出ていたことから、本村と名乗った私が実はその【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】ことに気が付くことになり、その時とったその交番の警官の行動はいきなり自らの携帯電話を使いその指令の出所である生活安全課の課長へ直接「家出人捜索は取り下げてください。その【13歳の娘の家出人捜索願いを出した父親本人である】本村はその娘の居場所を突き止めましたから、もう家出人捜索願の意味はありません。取り下げてください」ーと浦添署の生活安全課の伊礼課長へ電話した。
★そこで、伊礼課長は本村を追い返すようにと指示を出した。
 つまり、結果的にこの時点。その真っ最中だった伊礼課長は、妻は一人で家出していてすでに8日が経っていて、しかも何の暴力など認められないにもかかわらず娘と妻へ「二人とも”今日”一緒の日に暴力を振るわれたと、嘘つき女性センターをアリバイにして家出したことにすれば問題ないから、今日はそうしなさいね!!」-と強制を繰り返していたことになる。
だから、それが崩れるのが恐かったからその時父親を追い帰した。
★注意:
 この時、そんな生活安全課の魂胆の情況など知る由もないその地域課の警官は「普通の父親が13歳の娘を迎えに来ているのになんてことを指示するんだ。どうやってこの娘の父親へ説明すればいいんだ」-というような素振と言動をイライラしながら、その訳の分らない指示を出す生活安全課の課長の伊礼に対して不信感を露にしていたのを鮮明に覚えている。
 そこで、説明に窮した挙句こう言った。
「本村さん。あなたやばい仕事してる?暴力団関係者?前科者かなんか?」-などと。
そうでもして確認しない限り、娘の家出人捜索届けまで正直に出し、こうやって心配して探し回る父親を差別待遇扱いする自らも属する浦添警察署を疑わざるを得なかったのだろう。
そして、何かが背景に無い限りそのような普通の父親をここまで不信に思う警察官はいないはずだなどと、その時は同じ警察官である生活安全課の課長をかばうことも忘れず説明をし、
「そんなことは何もない」旨の説明をする私へ向かって、「頼むから、今日は帰って貰えませんか」-としきりに頼むので、この場所には娘と妻が居る気配がしないこともあり、ハッキリしないまま仕方なく四男の公平を先に帰してあったこともあり、途中で合流しようと判断し、帰ることにした。
(そして、後日その交番へ立ち寄ったのをきっかけに私の家へ私的な用事が重なって近くへ来たからと尋ねて来てこう言う。
「あの翌日の8月13日の夕方のTBS『報道特集』見ました」「沖縄を代表する建築家なんですね」。只、それだけを言い残して去って行った。)
★この時は伊礼課長は浦添警察署内かどこかに居て、私へ携帯電話から「今日はもう遅いから帰るように」と、何の根拠もないにも関わらず強制をした。
★この時、犯人らは「夫婦喧嘩や家庭内のDV」のでっちあげで忙しい。浦添警察署内の一室かどこかでアリバイ作りを急いでいた。そして実はまったく実態がない「配偶者暴力相談支援センター」と称した書類をその浦添警察署内であしらえている最中だったことになる。
★だから私がその団地へ来た時はその団地内には誰も居なかったかも知れない。それを知られるのが怖くなった浦添警察署の伊礼課長は城間交番の警官の携帯電話まで介して私へ無理やり今日のところは引き下がることを大声で怒鳴っていた。
 そして、その「配偶者暴力相談支援センター」での話の内容はというと:
★拉致や誘拐を教唆強制されただけで何の罪にもならないはずの妻へは「あんたが罪になる」とうそを言って脅し、そそのかす。
★娘へも「あんたも今日お母さんと一緒になって家出したことにしないとお母さんがあんたを拉致誘拐したことで刑務所に行ってしまうことになるかも知れない。だから絶対に拉致されたとは言わないこと」-と、ありもしない妻の刑務所行きなどのうをつき、それを盾に娘まで脅迫し、脅し、そそのかした。
その事で娘は常に今でも脅されていて家へ帰れない。
 ★家庭裁判所平成23年(家イ)第413、414、415、416、417号事件各々として調停日程調整中として届けたその8月12日の昼には恐ろしくなり躊躇して提出間際に受付で相談すると、母親の素行を訴える申し立て人の一人である娘を相手方である母親が連れ去ったなら危険な疑いはあるから警察暑へ家出人捜索届けをだすのがいいのでは、
ーと、その家庭裁判所の受付で言われ、夜の8時を回って娘が生まれて初めて(学校行事や旅行以外では)こんな遅くまで音信不通でさえなかったこともあり、「家出人」として届け出書を提出。
☆おそらく、その食堂「ふく家」の経営者や関係者らはその家庭裁判所への訴えを知って、「無免許運転で逮捕監禁」との当てが外れたことから慌てて万が一のため、最低でも娘を拉致したことだけは隠蔽しようとの対抗処置として、その時点ではすでに「ドロボーの片棒」を担いでしまっていたその浦添警察署も一緒になってありもしない「夫婦のいさかいまたは『実娘への性的虐待』で家出している」-とのとんでもないストーリー作りに入る目的で女性センターへ先ず、アリバイ的な実績作りの目的でそうとは告げずに「何らかの相談」という名目で「騙し」「そそのかし」妻と娘を受け付け手続きをさせたのではないか。
更に恐ろしいことは、その時、その13歳の娘へ世間では実際に起こっている実親の実娘に対する性的虐待についてさも、本村家でも起こりうるかのように表現しながら世間で起こる実際の事件の実例などをわざわざ示し恐怖を抱かし、本村家の主で父親に対する恐怖心を実娘に持たす洗脳に成功したということになるから恐ろしい。
その根拠はというと、これまで教育的指導や過去3~4年ほど前にあった正当防衛での緊急避難での夫婦のいさかいはあっても「暴力」や「性的虐待」などというような「DV]など一切何もないにもかかわらず。後日分かったその彼らの行った8月12日と8月30日の両日のその女性センターでの相談内容は「配偶者暴力相談」となっていることである。
 その根拠や証拠はまだある。
その一週間後。警察による十分に調べや調査が済んだはずの8月19日。その食堂「ふく家」で無理やり働かされている妻を見つけた時。二人話し合った家へ戻る条件を提示する妻の条件の中には「暴力を振るわないで」又は「虐待しないで」などという条件など皆無・微塵も無かった。
また、その時「こんなに大騒ぎしておいて」と怒鳴ったのは、実は浦添警察署が調べたら「実娘への性的虐待」どころか「妻への暴力」などという「DV」すらすべて事実無根だったことが明らかになって、「狂言」だったことを追求され、責任問題があった後だったことをも意味してもいた。
その時は、妻の実の妹の志良堂ちあきともうひとりの実の妹の金城香の二人。そして実母の故・島袋照子も立ち会ってもいるから間違いない。
ましてや故・島袋照子が「こんなに大騒ぎしておいて」と怒鳴って、更に「本村家へ帰るなら親子の縁から兄弟姉妹の縁まで切らす」ーなどと怒鳴り声まではり上げている情況でもあったぐらい険悪な情況だったにもかかわらず、その時私が書いた「妻への暴力や娘への虐待」の文字などまったく入っていない妻と娘が「家へ戻る条件誓約書」を妻が今も保管しているはずである。
その時の妻の言った重大な内容は実は:、
①娘の未姫が居なくなった8月12日の出来事と、その日から今日まで何があったか一切聞かないこと。今後もその事を一切言及しないこと。
②お酒を飲むとごちゃごちゃ言うから今後一切酒を止めること。
ーこのたったの二項目だけだった。
実は、この事は娘の拉致・誘拐の事実があったという重要な証拠となる。
つまり、この条件の中には「暴力」や「DV」、ましてや「娘への性的虐待」ーなどという話などが皆無だったことが分る。
そのことからも浦添警察署が本村家の娘・13歳の拉致・誘拐・監禁・軟禁・洗脳を意図的に行ったことが裏付けられてもいる。
また、浦添警察署がしきりに私の妻と娘を家へ帰さない理由もそこにあることがわる。
なにしろ、妻と娘が本来の本村家へ帰って全てを明らかにした時は、浦添警察署が娘拉致・誘拐・監禁・軟禁・洗脳の罪か、少なくともそれらの罪の幇助・教唆・の罪で罰せられのは時間の問題に入ってしまうことがあるからだ。
すなわち娘・13歳の未姫が現在も拉致・誘拐・監禁・軟禁され続けている重要な証拠。
現役の警察官である兄から出た指示が→食堂「ふく家」の経営者の弟夫婦へ指示を出す。するとその警察官の兄から指示→食堂「ふく家」の弟から→妻の母親でもある故・島袋照子へ伝わり、その故・島袋照子から→私の娘の母親で妻へという流れがはっきりと見える根拠でもある。
よって、食堂「ふく家」の経営者の 志良堂ちあき夫婦らが警察関係者の兄という職を通じて浦添警察署と一緒になって、本村家の娘・13歳の拉致・誘拐・監禁・軟禁・洗脳を意図的に行ったことが裏付けられてもいる。
★翌日帰って来ない娘の相談で家庭裁判所に行くと児童相談所がいいと言うので警察に通告を頼むがどうなったのかわけがわからないまま数日が過ぎる。
★3日目の午前、メールで部活中とあったので部活へ様子を見に行くと父親の姿を見るなり浦添警察署の「絶対にこのことだけは父親へ話すんじゃないぞ!!」と言われた脅迫を思い出し怖くなって逃げてどこかへいなくなった。
直後自転車で校内外を探すとなにやら不審な車両に娘らしき影を発見するも見失ってしまった。
その時の運転手がサングラスを掛けた3~40代の女性が妻の妹の 志良堂ちあき にそっくりだったことから、内心、あれはもしや児童相談所へちあきが連れて行く車で、何らかの形で娘が保護されているのかな?とも思い、ほっとするも、8月19日金曜日午前、見覚えのある車両ナンバー(11‐27)を児童相談所で発見するまでは安心できなかった。受付で訪ねると教えてくれはしなかったものの娘は機関に保護されている確信を得、娘が居なくなって初めて安堵感に浸った。
★その足で早速裏付けを取るため警察がおうむ返しをする「母親と一緒だから~!」と繰り返す娘の母親がいるとされる母親の母親の住む団地への電話をかけると同時に、娘の母親が手伝っているだろう姉妹の経営する食堂で娘はいないが娘の母親で妻だけはいるのを確認した。
(この時に「暴力」などとの文字や言葉など一切なかった内容を妻が家へ帰る条件として書いている)
★この日初めて、妻が突然蒸発させられる手段で持って家業の仕事を遺棄させられる一方で、自らの実母や実の姉妹らが共同で運営する食堂のキッチンカウンターで働いていたのを発見した。
即座に店内のテーブルの一角で二人っきりで話し合い、早く戻るように説得をし、妻が戻る条件を言い出したのをきっかけにまとまりかけていた矢先、本村家の問題を夫婦で真剣に話し合いをしているその場へ故・島袋照子が割り込んできて妻を睨み付けて突然こう言うのです。「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」とまくしたてた。
この時のこの脅迫こそ12日以来、私の13歳の娘の拉致・誘拐・監禁・軟禁・洗脳中であることを物語っていた。
つまり、この8月19日。その食堂「ふく家」で妻が言った家へ戻る条件には「暴力を振るわないで」などという条件など微塵も無かった。その時は、妻の実の妹の志良堂ちあきともうひとりの実の妹の金城香の二人と実母の故・島袋照子も立ち会っていて、妻が実は家へ帰りたがっている本心があることを妻の親族は全員立ち会って知っていたにも関わらずその「何らかのため」に帰れないことも全員知っているということになる。
そして、その時私が書いた「暴力」の文字などまったく入っていない「家へ戻る条件誓約書」を妻が今も保管しているという証拠まで存在するということになる。

翌日20日土曜日午後。その食堂へ行くと本日休業。
夜の9時半頃に団地に電話をかけるといるというので入り娘を8日振りに身近で見る。
21:20分頃、団地の故・島袋照子の家へ電話をかけ、お母さんと未姫          がいることを確認した。「今から行く」告げると「いいよ」と故・          島袋照子は答える。
その直後、
21:25分頃、団地の故・島袋照子の家の中にお母さんと未姫がいる          のを発見して連れ帰ろうとするも、お母さんと故・島袋照子が未         姫を離そうとしないことで、もめ、口げんかと話し合いを始める。
 、、、妻の母親の島袋照子は去年の7月に県営城間団地の3号棟401号室に引っ越して来ていた。
 その妻の母親が倒れた時の様子を二つ記録してあるが、以下ではそれを一つにまとめて記載する。
その時私は茶の間のテーブルの廊下側に座って、未姫を外のベランダに立たせてアルミ戸を背に立っているお母さんと未姫に向かって説教を続ける。  
(今回初めて家を空け、しかも8日間も家を空けていた娘の姿を久しぶりに見て、その娘の未姫に向かって)
「お前は
(自分の嘘が親父に知れ、怒鳴られた翌朝、何の反省もないことでまた怒鳴られ、その時、それを)
正そうとする親の説教をされたぐらいなのに、
(ここまで引きずるのには、了解を得ないで家を空けてしまってる状況のため、親父の説教での怒鳴り声やビンタを恐れる未姫自身の要素以外の何かしらの原因がなければあり得ない。その何かとは、未姫を誰かが未姫に対する誰かの誘導、又は教唆があって当たり前。つまり、未姫はその誰かの被害者だ。未姫をお父さんへ一旦渡してしまったらその誰かがお父さんに知られてしまう。そうなるのを恐れているからこそ、その未姫に対する拉致・監禁相当というのと、まだ中学生の未姫だから少年法違反教唆相当の実は、未姫は被害者で証人でもあるということ。その未姫の実の父親のことをありもしない悪口・理由をいろいろ娘に吹き込み、中学一年生などに解りようもないそのような裏側に存在する難しい真実
であることをいいことにしようしている。しかし、それは人生経験の伴った大人ならば誰にでも容易に理解できる世間一般の真実でもあることから実の娘である父親の親父に追及されまいと必死になって、未姫を渡すまいとしているおばあちゃんやお母さんにかどわかされてしまっているとしか考えられない。そのようなことは特別でもなんでもなく世間では珍しくもなんともないなどというようなことを、まだ中学生の未姫などが知るよしもない。言い換えれば中学生などにとっては、その真実は奇々怪々そのもでしかないだろう。そんなことなど何も知らない未姫が可哀想で、哀れで心配で心配でこんなところで置いて帰る訳にはいかないと)
お前は今日連れて帰るぞ!!何をしてるか!!」などと父親の権限で怒鳴る
親父。そんな親父のけんまくで連れて行かれることを戸惑う。それを遮ろうと
、声を荒げるお母さんやおばあちゃんの声がじゃまで怒鳴り声が更に高まるばか
りの中、座椅子まで蹴っ飛ばしなから親子の問題に首を突っ込むおばあちゃん。
それに対して親父があきれ果て「うちの家族の娘の問題にまで首を突っ込む権限が遠い者が口出しするな!!」と遮ったらおとなしくなった。
 その場で座ったまま未姫へ帰るように説得を続けていると、おばあちゃんの威を借りたのかやけに大声でその親父の未姫に対する説教や説得を盛んに遮ろうとするお母さんの姿は久しぶりだった。
 そんなやりとりの最中、親父の後ろ側の廊下
に回ったおばあちゃん。なにやら自分が呼んだ警察の気配を感じ、扇風機を廊下
側から親父の斜め横にセットし始めた。それを横目で見て、あっ、警察官が来る
から用意しているんだな、と感じながらお母さんに遮られながらもそのまま、ま
だベランダにいる未姫に向かって家に早く帰るように言い続けた次の瞬間だった。
廊下から又、お父さんへ口を挟もうとしたかと思っら急にトンと音がした。んっと、振り替えって見るとおばあちゃんが親父の斜め後ろ側の柱に寄りかかり気を失って尻餅をつき、そのまま仰向けで後ろの方向に倒れ、後頭部を廊下の床に向け倒れ、気を失いっていた。
 その後は、それの一部始終を真正面からまともに見ていて慌てたお母さんと、直ぐ後ろに居た親父が側に駆け寄り、先ず、親父が口から息を吹き込みながら心臓マッサージを始めたものの、意識はもどらなかった。
 10分ほどして救急車がやって来るまでお父さんとお母さん二人で一緒に、心臓
を動かす為に交代ごうたいで心臓マッサージを始めた。(その間お母さんが救急
へ電話をかけ応急処置方法を習い、お父さんへ伝えながら)
4~5分ほど続けていると数人の警察官が救急車より早く来たので替わりがわり
続けた。
21:35分頃、一人で扇風機や何やらを来客(警察官と言っていた)用          に準備を始めた矢先、急に倒れたため、意識不明のまま15分ほどお          父さんとお母さん、そして警察官や救急車でやってきた救命関係の          隊員らの人工呼吸の最中、
    娘・未姫がお母さんの指示か自分の意志かは知らないが、ひとりそ          の故・島袋照子の人工呼吸を施しているお父さんの目の前からのそ          の四階にある部屋を裸足で飛び出した。
    それを見たお父さんは、何やら娘の危険を感じ裸足で追っかけたも          のの二階の廊下あたりで、警察官に引き止められ話を聞かれている          娘・未姫を連れ戻そうとする。が、しかし娘・未姫は「向か    いの1号棟のれいなの家に知らせに行く」との事なので」「うん、呼んで       来い」と行かせた。
    (その時の警官は娘・未姫のそのような状況など知る由もないにも         拘わらず数時間後そのことを聞かれたお父さんに「娘さんはお父さ    んに怯えて震えていた」などと、娘・未姫が実は故・島袋照子が急          に倒れたことで怖くなって怯えていたにもかかわらず何故か変なこ    とを言い出し、病院から娘・未姫を連れ帰ろうとするお父さんと言い争い    をすることになる。結果、そこでも浦添警察署の警官に妨害される)
(つまり、浦添総合病院の廊下にづーと付いていた浦添警察署のその警官は、去った8月12日に娘・未姫の拉致誘拐を、浦添警察署が教唆幇助し、かくまってまで「配偶者暴力相談支援センター」へ相談したものとして隠蔽までした事を、妻と娘から事情聴取した二人の刑事から伝え聞き、娘の未姫をそのまま家へ連れ帰らせてしまってはそのような罪な事をしてしまった浦添警察署が父親の私に追及され罪に問われかねないという事情を警察署全体で相談する時間稼ぎのため、その時はどうしても娘と妻を確保しておく必要があった。だから父親の私をその病院から追い払おうとしきりにしていた。)
    その後、救急車まで運び浦添総合病院の救急手術室へ救急車に同乗          して連れて行った。
救急隊員が来る前までのその間、意識がなくなったり、心臓を押す段階では止まってしまう息は、口から息を吹き込む度にまた息を吹き返したりを繰り返していた。づ~
と数十秒毎に息をしなくなったり、戻ったりを繰り返ししていた。心臓マッサー
ジで倒れたまま6~7回ほど息を吹き出し、ときたま呼吸もする間が見られ、ほ
っとしたかと思うとまた自呼吸が出来なくなるなどと大変だった。大勢でや
ってきた救急隊員らがなにやら様々な処置を施すのを側に居て5~10分間は立
ち会ったあと、救急車まで運ばれ、丁度かおりが駆けつけてやってきたので二人
で付き添い浦添総合病院まで運んだ。

その間、意識はもどらずじまいだった。

病院では手術室の中からは直ぐに出され、その後二階のICUへエレベーターで
運ばれて行った。その時からはもう意識があるのかどうなのかも知る事ができな
かった。
※その病院の玄関口で容態を案じて待機をしていた時にも第三者の食堂ふく家の経営者の妻で、お母さんの実の妹のちあきがお父さんに向かってわざとらしく警察官などもいる目の前でこれ見よがしに何かを狙ったとしか思えないようなこんな考えられないようなことを大声で発言した:「あんたのせい!!」-と。おかげで、「何も知りもしないくせに何を言い出すんだ!!」と現場を知らないくせに狂言を吐くちあきへ迫るお父さんは、相手が女性と言うだけの理由で目の前の警察官の制止を受けるようになり、以後、全く悪者扱いされることになった経緯がある。
実は、第三者で食堂ふく家の経営者の妻・志良堂ちあきのそのような意図的な行動が、故・島袋照子の葬式や弔いから四十九日までの法事へも、その四十九日から2週間経った今日までも蚊帳の外にお母さんがお父さんを置いておかざるを得ない状況を作っている。
22:10分頃、故・島袋照子は意識不明のまま一階の手術室から二階に         あるICUへ運ばれ処置がつづいた。
22:15分丁度、お母さんから同じ病院内から電話が入るが取ると同          時に直ぐに切れた。
   深夜まで病院の廊下にいた娘・未姫を連れ帰ろうとしたら、浦添警          察署の警官は娘・未姫のそのような状況など知る由もないにも拘わ    らず「娘さんはお父さんに怯えて震えていた」などと、娘・未姫が          実は故・島袋照子が急に倒れたことで怖くなって怯えていたにもか    かわらず知ったかぶりをし、病院から娘・未姫を連れ帰ろうとする          お父さんと言い争いをすることになる。結果、そこでも浦添警察署    の警官に妨害されることとなり、とうとう娘・未姫を家へ連れ帰る          ことが出来なかった。
   (そのような指示が浦添警察署の生活安全課から出てい           た。きっと、お父さんへ未姫とお母さんを連れ帰させてし     まってはこれまでのお父さんに対する不正義が明らかになり、困           る、と判断した)


ロビーには、そんな事があったなどとは全く知らない次男・眞理、三男・自然、四男・公平。そして五男・望がいた。実は、おばあちゃんが倒れる寸前まではとても元気にしていて口も相変わらず達者だった。だから口論だけではらちがあかないと判断し、一旦座に座って話し合い出したものの売り言葉に買い言葉でこれもらちがあかないから家族全員電話で来るように伝えておいた。(21:34分二回目の電話)

問題は未姫が心配だ。

あんな場面を一部始終見てたから。

8日振りに再会を果たし、やっと四人の兄たちががまとまって座る中。眞理の
側に一旦は落ち着いて親父の言うこともきいて座って安心している未姫を、何が
目的なのか、お母さん、妻はわざわざ「おいで未姫!!」と声を出し呼びつけた。

おばあちゃんがこんな時に?と思って未姫を見ると不安に再度陥った様子だった。
(これも実は8月12日と30日に暴力などないにもかかわらず妻と娘が「配偶者暴力相談支援センター」へ行かされていたことが分った10月になって分ったことだが、妻は、その時点ではその浦添警察署の指図した「配偶者暴力相談支援センター」なる所へ拉致誘拐隠蔽目的で浦添警察署の画策で行かされたことなどの秘密を明かさないこととの何らかの制約があった。だから娘の未姫を家へ帰してしまうとなるとその警察や女性センターが行った犯罪が暴露されてしまいかねないからと、「絶対に娘を家へ帰すな!!」ーとの浦添警察署の強制があったことになる)

不思議なのは、おばあちゃんはひとりでにたおれたのであって何の事件性もないにもかかわらず、未姫とお母さんからかなりの調書を取っていたことだ。13歳の未姫がかなり採られていたのを、当時はまだ、実は「配偶者暴力相談支援センター」ーなどといった浦添警察署まで絡んでいた裏があったなどとはまったく知らない時点のおやじだった。だからそんな裏を隠ぺいされた状態のおやじとしては長すぎると感じていた。

それに比べて、倒れたその時にすぐ傍にいたお父さんからは事件性が無いからと、数分で終えた。

三人別々に調書を取ったが、未姫とお母さんはひとつの待合室で二人の刑事が
各々付き約一時間ぐらいかかったか?

それと比べ、親父の10~15分は少なかった。

その時間の違いのことを調書が終えたその直後に聞いたら、すべて未姫とお母さんと一致するのを確認出
来たからーとの事だった。
つまり、浦添総合病院の廊下にづーと付いていた浦添警察署のその警官は、
去った8月12日にその娘・未姫の拉致誘拐を画策した浦添警察署が無理やり教唆幇助し、
かくまってまで「配偶者暴力相談支援センター」として隠蔽までした事を、
数時間掛けて妻と娘から事情聴取した二人の刑事から伝え聞き、その時初めて父親のおやじだけへは知らせないように、ーとの浦添警察署からの指示が出ているのを知ることになることになった。

だから娘の未姫をそのまま本村の家へ連れ帰らせてしまってはそのような罪な事をしてしまった浦添警察署の警官である自らの罪を逃れんがため、
後になって必ず追及するであろう父親の私に罪に問われかねないという事情を警察署全体で相談する時間稼ぎのため、その時はどうしても娘と妻を確保しておく必要があった。
だから父親の私をその病院から追い払おうとしきりにしていた。
最後には無理やりその廊下から追い払い、結果、病院からも追い払った。
 結局、その日は警察官の思惑があった事など知る由もなかったことから、娘と妻をそのまま病院へ残し、その他の子どもたちを家へ連れて帰った。
 ※翌日早朝に昨夜の刑事二人が現れ、母親の容態も悪いので娘と妻は暫くはそのままにしておいたほうがいいのではないか、と言いに来た。
2011/8/21 | 夕方、お母さんへ電話をしたら「夕方亡くなった。葬式の準備中        だから来ないでよ」と言うので、以来49日の法事が終える10月        9日の日曜日が過ぎるまではその葬式や弔いに参列しないと決め        る。
※ 2011/9/5 | 午前10時頃。一番最初の被害届を携え、浦添警察署一階にある市        民相談室の比嘉さんに被害届の提出の仕方を習ったところ、隣の        地域課のカウンターで受け付けますからそちらへ出してくださいと       いうことだったので、被害届をその地域課へ提出。
       しかし、別の課の生活安全課の伊礼と名乗る者が突然現れ、「被害       届」との表題を見るなり「こんなものは受け取れない」と言い出し       たが、私は「一市民が子どもたちが被害に遭っていることを警察へ       届けるのをなぜ拒むのか?」と言い返すとひるんだので、そのまま       置いて帰った。
      | 午前11時41分。浦添警察署生活安全課の伊礼という課長から電話が       入る。「今朝の被害届にある刑法違反は該当しない。例えば”遺棄       罪”だが、運転免許を持たない主人の夫が喘息でほぼ一日おきに        立って歩けないことがつづく家で、その家に子どもが4~5人いて       自営家業を家で唯一人の運転手役の共同経営者で母親が一ヶ月家に       帰らず息しようが、”遺棄罪”にならない。だからこの被害届を取       りに来なければごみ箱へ捨てる」との内容だった。
       その後、浦添警察署だけでは子どもたちの安全は守れないと判断        し、これからは県の県警本部と両方へ被害相談をすることにした。
2011/9/15 |  故・島袋照子とその娘たちが経営する「ふく家」という食堂で         またもや母親が働かされているのを目撃。(経営者へ二度目の背        任罪教唆を忠告)
2011/9/21 |  またまた故人・島袋照子とその娘たちが経営する「ふく家」とい        う食堂で母親が働かされているのを目撃。(経営者へ三度目の背        任罪教唆を忠告)
2011/9/25 |  運動会で母親がわが子が居る本村家の中二の五男や父夫は無視さ        せられ、その一方の食堂「ふく家」の経営者らの家族大勢へは自        分自身の家族が弁当を持っていないのを知っていながら同じ学校        内の同じ場所へ弁当をこしらえさせられ携えられ振舞わされて来        ているのを目撃し、四度目の背任罪教唆の注意勧告をする。

 最後に、食堂「ふく家」の経営者が今も違法に【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を自分の店で無理やり働かせている。
その食堂「ふく家」の経営者から金を貰っているやましさという只その一点だけの理由で仕方なく扶養の義務遺棄させられ、商売上の背任の罪までをも犯し続けさせられざるを得ない、妻で、自営業の金城本村リフォーム設計の共同経営者で【運転手で母妻の本村弘美】が巻き込む娘・未姫へのそのような拉致・誘拐・監禁・軟禁・洗脳被害。そして保護責任者遺棄被害状態を解消させていただきたい。

内部被ばく防止運動 最新版チラシ
 元気ですか読者の皆さん。
 少し前、「犯す前に犯すと言わないもんだ。知らせたら犯せない」-で更に深まった沖縄問題の真相解明。
去る8月12日にそれとまったく同じ内容のことを浦添警察署が我が家に対して実行していました。
しかも「女性センター」や「配偶者暴力相談支援センター」といった社会正義の器を悪用してまで。
もしかしたら、浦添警察へは防衛省や外務省辺りから何らかの要望があったのかもしれない。
うちなーんちゅ同士でそんな事をするのだから、復帰して一番そのあたりの人心が変わったのでしょうね。
以下は「最新版チラシ」の骨子です。添付しますのでご覧ください。

内部被ばく防止運動 最新版チラシ
ブログも併せてご覧ください→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3846201.html
↓全員「皆勤賞」中
  同年/夏8月    |  長女・未姫が東京代々木の国立陸上競技場で行われた全国小           学生陸上大会で一位となり県初の全国制覇を達成し、新聞に           大きく採り上げられた。
  同じ頃       次男・眞理が県大学野球「殊勲賞」及び                   「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/10月    | 三男・自然の大学推薦入学が決まる。
  同じ頃       住宅立ち退きいやがらせ始まる

  同年/同月  |  次男・眞理が県大学野球「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/秋頃から| 長女未姫が取材やその他の打ち合わせなどが増えたせいで、             スポーツの優秀な子などへの子育てについてこれといった理念            など持ちようがない少年期の家庭環境で育ったことで、父親と            は違い今流行の”うざい”教育的指導を行えないことが娘から            すれば渡りに船で、都合良く、誰とでも当たり障りのない親、            との理由から、その母親と二人っきりで出かける機会が多くな            りだすことを陰ながら指示してくれる父親の配慮が、母親に            とっても、娘・未姫にとってもうれしいことが続く
その当時から また、少年期の娘・未姫とすれば、「父親の力は借りずにここ          まで結果を出せたんだ」としなければならない、或いは、そう          せざるを得ない状況に追い込んだ娘・未姫の父親との関係以外          での、周りの環境の災いもあったことは間違いない。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/16 | 沖商不動産がセーフティーネット制度での住宅手当充当家賃を            受け入れないことを理由に、セットでもある県社会福祉協議会            がその国などの制度資金を一切利用できず、後は振込みを待つだ           けの状態まで終えていた手続きが不承認となり、結果、支給手前          で打ち切られた。
同時期進行的に    更に、県社会福祉協議会のそのような状況から、市役所も見             合わが始まるようになる。(別紙、平成22年11月16日付け通知            書参照)
          総額=県社会福祉協議会分が2,208,000円+232,000円=2,240,730円           と、+浦添市役所分の住宅手当一年分48,000円×12ヶ月で576,000           円=3,016,730円が、まったく放棄させられた格好となる形に。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/28 |  長女未姫が国頭陸上競技場で行われた県民体育大会会場で、県            陸上連盟・教育団体から今年の全国一位になった優秀選手とし            て表彰された。
↓全員「皆勤賞」中
 同年/暮れにかけ |  子どもたちはというと、長女・未姫が市の広報などに数度も             紹介さてたり、小学校の学校新聞などに紹介され続けたこと             で母親と二人が急に忙しくなる。例えば、12月1日には市制             40周年記念市広報などの特集などでも再度登場するのと並行            して市のホームページにも市長や教育長と並んだ母親と一緒の            写真などが掲載されたり、雑誌などにも掲載された。
 同年同月頃     また、次男・眞理も新聞をにぎわすような大学野球での活躍             が続く。
※2011平成23年2月27日。以下の仮説をインターネット上で発表する。http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  
 ※2011平成23年3月3日(木)。本村安彦仮説から始まった沖縄タイムス紙スクープ↓
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「かでなで本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
↓全員「皆勤賞」中
※2011平成23年/3/11 ↓
    | 福島第一原発問題が勃発し、父親のこの17年来の核への専門         性が注目され、平和問題研究者や教育関係者などから招きを受         けるようになり、偶然とはいえ、生業・自営業の放射能除去可         能逆浸透膜浄水器が売れ出し、事業が軌道に乗り出す。
 2011/春3月 | 長女・未姫が、沖縄県児童賞を受ける。(平成22年度沖縄県生           徒等表彰、浦添市立港川小学校第6学年 本村 未姫)
↓全員「皆勤賞」中
 2011/春3月  | 長女・未姫が小学校の卒業式で小学校6カ年間無遅刻無欠席             の皆勤賞を達成。これで兄弟6人全員同じ港川小学校での珍            しい皆勤賞となる。
同年同月 更に、三男・自然が高校の皆勤賞も達成。(偶然に長男・安             聡と同じ高2の夏に一日だけ休んだが)これで12ヵ年間準皆             勤賞を長男に引き続き達成した。次男の12ヵ年皆勤賞達成           に加えると3人がすべて12ヵ年皆勤賞ということになる。
↓全員「皆勤賞」中
  2011/4/4 | 琉球新報紙で「本村家、兄弟6人全員皆勤賞」と大きく報じら            れ、ネット上でも「本村家」のヤフー検索ワードでのアクセス          数が1,500,000件を超えるほど全国的に報じられ、話題になる。
           (現時点では6,460,000件を超えている)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
※4月5日(4月8報道)→フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
※4月24日→沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。

↓全員「皆勤賞」中
※2011/5/17 ↓
        この日は、三日後の5月20日は、15年住んでいる我が家・貸し           外人住宅の家主の沖商不動産の嫌がらせ裁判の和解期日で、その           日までに百万円ほどの大金をその保証人に迷惑を掛けることに            なったお詫びをしに夫婦揃って行って来た。
※2011/5/20 ↓
        この日は本村家にとって、悪いことと嬉しいことが同時に起こっ          た日でもある。
同日 まず、悪いことだが、懸案住居立ち退き訴訟では和解案としてこ         の日までに90万円ほどの大金を一括で振り込む手続きをするこ           とと決まっていました。その日は時間までになんとかしはしたも           ののしっくり行かないような意地悪を相手の沖商不動産から脅し           を受けます。それはやはり後日になってからも尾を引き問題にな           ります。そこを間違うと家を追い出されてしまう羽目になってし           まいかねないような脅しでした。
それまで1年余も裁判で争った我が家・貸し外人住宅の家主の沖商不動産と裁判所提案の和解案が成立していて、その※5・24の4日前の5月20日(金)はその和解案最大の条件だった約90万円を一括で支払う期限日だったので期限三日前の5月17日にその分の支払い手続きを済ませ、当日20日に沖商不動産の代理人弁護士の口座へその支払先から直接振込みをしてもらい済ませた。
 (しかし実際には代理人弁護士から沖商不動産に渡ったのは休み明けの3日後で※5月24日の前日に当たる※5月23日(月)で、しかもその分には実は5月分が含まれていない可能性があることと、もしその5月31日(火)までにその支払いを本村家が怠ったら問題になることなどをお父さんが自分で直接確認のためにその期限日の可能性のある5月31日になって沖商不動産事務所まで来てはじめてその代理人弁護士からのその分の内容の入った領収書が沖商不動産へ発行されているのを気づいた。さらに本村家へのその分の領収書発行の日付もその※5月23日になっているにもかかわらずその旨の領収書を最終日の時間外に渡された格好になり翌日6月1日まで引きずることになる)
その直後、お母さんが沖商不動産事務所に直接行き沖商不動産からセーフティネットでの家賃受け取りに関しても同意書を取ったものの、しかし、後日になって市役所から書類様式の違いという単純なやり直し要求があり、又もやそのセーフティネット関連の書類のやり取りで二度目、沖商不動産事務所で同意書を再度もらった際、その5月20日期限の一括分には5月末日までには収めなければならないはずのその5月分の家賃8万円が含まれていなかったかどうかの確認が取れていないことが分かった。
住まいの安心確認のため、期限日の5月31日(火)に沖商不動産事務所に今度はお父さんが直接出向き提案者である裁判所などとの確認作業に入ったものの、この期限日の時間内はもちろん翌日6月1日(水)の時間内ギリギリになっても確認が取れなかったので解決策として万が一の場合を想定してそのあいまいな問題の5月分の8万円の振り込みを雨の中、ギリギリで済ませ、もし仮に、最悪なケースの5月20日が期限日の一括支払いの中に入っていなかった場合としても問題が起こらないようにとその裁判所の書記官やその他の関係者へ連絡し、解決し、今日に至っているなどがある。
(つまり、家宅捜索のあった※5月24日の前日の※5月23日の時点で、その一括支払い分には実は当月の5月分が含まれていない可能性があるのを沖商不動産は承知してたということになる。)
(その意味からすると沖商不動産は偶然か必然かは分からないがその※5月24日の家宅捜索の前日、 ※5月23日には何らかの意図があったことがわかる。)

同年同月同日 | そして嬉しいことというのは、長女・未姫が、当日行われた「少           年に夢と誇りを責任を、伸びよう伸ばそう青少年」がスローガン           の浦添市青少年健全育成市民会議の平成23年度第25回定例総会           で表彰される。
         表彰理由は「兄弟6人全員皆勤賞」であることや、更に長女・            未姫本人の陸上での当該種目県初全国一の功績が大きかったこと          で兄弟6人全員同じ母校の推薦で兄弟代表として表彰された。


        (そのおよそ一週間後の:5月28日には沖縄タイムス紙社会面の写           真付き記事で報じられ、話題になった)
しかし、その間の:
※2011/5/23↓
(住まいの安心確認のため、期限日の5月31日(火)に沖商不動産事務所に今度はお父さんが直接出向き提案者である裁判所などとの確認作業に入ったものの、この期限日の時間内はもちろん翌日6月1日(水)の時間内ギリギリになっても確認が取れなかったので解決策として万が一の場合を想定してそのあいまいな問題の5月分の8万円の振り込みを雨の中、ギリギリで済ませ、もし仮に、最悪なケースの5月20日が期限日の一括支払いの中に入っていなかった場合としても問題が起こらないようにとその裁判所の書記官やその他の関係者へ連絡し、解決し、今日に至っているなどがある。)
つまり、家宅捜索のあった※5月24日の前日の※5月23日の時点で、その一括支払い分には実は当月の5月分が含まれていない可能性があるのを沖商不動産は承知してたということになる。
その意味からすると沖商不動産は偶然か必然かは分からないがその※5月24日の家宅捜索の前日の                            この日※5月23日には何らかの意図があったことがわかる。
※5月23日→夕方、インターネット掲示板   http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  上で、今回のフクシマ現地の放射能雨の汚染量より、かつてのビキニ環礁での核実験による放射能雨が琉球列島に降り注いだ当時の琉球気象台の記録、17万カウントのほうがかなり凄い放射能汚染量であることを伝え、公表し警鐘を鳴らす。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。
  夜 → 住まいの家主の沖商不動産から立ち退きの要求が強くあったこと           で、数ヶ月前からそのことで取材を依頼していた新聞社の記者と           深夜まで電話を使いやり取りをしていた。経済的問題は家族の死活問題        にまで発展していることなどを話していた。これ以上のことが起きるな        ら、家族が生きてゆけなくなるなどとも。
       (そしてその翌日に、浦添警察署からわけの分からないような家宅           捜索を受け、そのことがその後四ヶ月以上も尾を引くことになっ           たことを、この日の前後に起こった出来事などと噛み合わせなが           ら考えてみるとこのときに本村家の家業を狂わす急な何らかの外           力が加わったのではないか?と考えてみてもおかしくないような           気もする)
        (と言うのも、こんなことがあったからだ。その家宅捜索のあった          24日の早朝六時半頃に、市内のお客さんから急に「タンクの水が           出ない。調べて直してくれ」との電話があり、急いで支度をして           七時頃お母さんの運転で二人出かけようと家の前の車に乗り込も           うとしたその時である。「ちょっと待ってください。この時間、             別の家宅捜索斑が裁判所へお宅の家宅捜索令状を取りに行ってい           て、その家宅捜索令状は今手にしていないので見せられないが、           今から何処へ?」と、突然現れた一人の刑事が尋ねてきた。それ           からすると、単純に考えて家宅捜索をするにあたっては必須で肝           心要な裁判官の捜索令状がその様な未入手状況だと言うことはこ           うではないだろうか。)
       (つまり、前の日の昼前後から深夜にかけて浦添警察署へ何らかの通           報なり、申し入れなり、権力者の強い要望が急にあったのではな           いか?ということだ。でないと「、、、捜索令状は今裁判所へ取           りに行っている、、、、」のところのつじつまが合わない。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

2011年11月3日追記:
※2011平成23年11月2日午前11時追記:
 那覇地方裁判所の民事室でお母さん名で申し立てたことになっている平成23年10月26日付、翌27日受け付けの「配偶者暴力に関する保護命令」申立て事件でのお父さんからの聴取の時分かったことだが、
実はお母さんは第三者のせいで、この時点ではすでにこの浦添警察署生活安全課とはお父さんの知らない厄介な関係になっていたということになる。
(2年以上前の、2009平成21年2月または3月にお父さんとの夫婦喧嘩の相談でこの生活安全課へ第三者の指示で行かされている。その時に一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けているぐらいの関係とのことになっている)
☆おそらく、この頃しきりに石川がお父さんを外の食べ物屋かコーヒー屋のエスプレッソへ呼び出していることから、浦添警察署から情報屋の石川へ連絡があって、お父さんが石川と会っている間にせいほうの兄なり、どこかの警察関係者がしきりにお母さんを過去の何らかの秘密を脅しのネタにして、呼び出していたのではないか。

同年11月20日頃相談とある。
  お母さんは上記の10月頃にあったとの夫婦喧嘩のことで、2009年(平成21年)2月か3月に浦添警察署で相談したときの情報から「配偶者暴力相談支援センターへ相談に行き、お父さんとの夫婦喧嘩について相談したことになっている。それで、その時の顔写真が残っていたとのことだから、「誰が一体何の目的」でお父さんも知らない本村家の母親の写真を撮って保管したあったのかが謎だ。
☆、おそらく、その時にも石川がしきりにお父さんを呼び出していたのでその時もお母さんを過去の何かで脅迫しながらお母さんへ「配偶者暴力相談支援センターへ相談に行くことを強制したのではないか。

だから、台所の窓向かい隣のギター教室の高校教師もいる兄弟がお母さんの気に入らない嫁さんか彼女かが一緒に住んでいる家の者か、或いは近所の誰かがおやじの大きな声を聞き、もしや家庭内暴力か何かかと勘違いした挙句警察110番通報したとしても、あるいはその記者本人が浦添警察署へ相談に行ったとしても、
※2011年3月11日。フクシマ原子力発電所から放射能が漏れる。      
※4月5日(4月8報道)。フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
※4月24日。沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。
、、、以上のような出来事が起こり、発覚していて、「核」問題の専門家として長崎放送のテレビなどに出演するなどのことが決まっていたお父さんへ言論弾圧の目的があったとしても、或いは「怨恨」などがあったにしろ当然、浦添警察署生活安全課が関わるのだからいずれにせよ、実は表向きの家宅捜索令状とは別に2年前のお母さんの相談の件もこっそりと含まれていたということになる。
☆おそらく、その時もお母さんは昔の何らかの秘密をネタにされていて、脅迫され、お父さんの仕事の内容をしきりに聞き出したのではないか。
なぜなら当時は市役所のロビーなどでもキャンペーンパネルを並べて訪問販売に対する弾圧を強めつつあったことから、格好の攻撃対象になり得る材料である長年「浄水器販売」も行っている点を中心に据えてお父さんの自営家業の仕事を辞めさせる目的で。
よって、以下はその点も踏まえて考察してみることとする: 
(略)
以上、ここまでは5月24日の家宅捜索までの経緯でした。   

  さて、私、本村安彦は、個人の立場で「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-を提唱しています。
それを疎ましく思っているという統治作用。
そしてその手先の情報屋と警察署やその関係者といった権力者らからの外圧。
知らず知らずのうちに親類縁者の中に存在する警察関係者がその親類縁者を介して本村家の妻をも精神的に追込んでいた。
 長年に亘り、その親類らを結果的には悪用していた警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
事件に対する警察権力の発信元といえば、まず先に警察関係の親族へ相談をする。
よって、妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、妻の妹の夫が売春街の売春婦相手のゲーム喫茶店を十年以上経営していながら、一切警察権力の手が入ったことがないということとも無縁ではない。
本村。

被害者の住所、氏名、職業、年齢
被害者住所 : 〒901-2134  沖縄県浦添市港川2丁目10番8号
被害者氏名 : 本村 安彦 58歳 外7人の合計8人(妻51歳・弘美/
長男27歳・安聡/次男21歳・眞理/三男19歳・自然/四男17歳・公平/
五男14歳・望/長女13歳・未姫)

被害者職業 : 自営・家業のリフォーム工事及び浄水器販売の営業
被害者年齢 : 子どもが13歳/14歳/17歳/19歳/21歳/27歳の6人に、
        加えてその両親が51歳/58歳の合計8人
被害内容:
 ①この20年余り、家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、自らが産み育てた六人の子の母親で、主婦で、一家の運転手役でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた。
その日から、自宅には二人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら五人が母親の扶養の義務から八日間も遺棄された。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からもその八日間遺棄された。
そして、その八日後の平成23年8月12日からは自宅に一人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら四人が母親の扶養の義務から四ヶ月余りも遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも夫は四ヶ月余り遺棄され続けている。
また、自家用兼自営家業用としての自動車も一台、肝心な唯一人の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がいないため四ヶ月余りも放置されている。
つまり、その五人の子どもたちは母親の扶養の義務から遺棄され、「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
その一方、本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の警察関係者を兄に持つその夫と、同じく【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のもうひとりの妹とその内縁関係にある男性らが経営する食堂「ふく家」では、その妹夫婦の妻方及びもうひとりの妹世帯の実の姉にあたる【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を急に家出・行方不明状態にさせた平成23年8月4日の翌日頃からキッチン等で働かせている。
 原因は、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の実の妹ら夫婦が十年以上も前に開業した夫に警察関係者の特捜刑事が兄にいて警察の手入れや事件などに巻き込まれたとしても恐いもの無しという理由と、儲かるという点で当時からすでに全国的にも「売春街」で有名な宜野湾市真栄原の「新町」通り街の真ん中でゲーム機・喫茶店をその売春婦を主な相手客として現在まで営み続け儲かったことに端を発している。
 二、三年ほど前。その売春婦相手の利益が大幅に増えたことともうひとつ、その妹夫婦の長子がそろそろ小学校に入学するかしないかの頃になるなどが重なり、どうしてもその「売春街」で儲かった利益をマネーロンダリング(洗浄)する支店を別の場所で同じ飲食店として開業する必要性が生まれた。
そこで浦添市伊祖で食堂「ふく家」として開業することになることと同時に、足りなくなる人手役の適役として浮上したのが今回同様、その二人の妹夫婦らの妻などの姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】だった。
 浦添市伊祖の食堂「ふく家」開業当時から経営する妹夫婦と、キッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らが浦添警察署と相通じて本村家の自営家業「金城本村リフォーム設計」から運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を家出をさせ、人手役にするために当時も以下のようなとんでもないことを行った。
 実は、その実の姉【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のことを妹夫婦らはもう何年も前から自らの夫や内縁の男性らに対してこのように思わせていた。
「兄弟姉妹の中で最年長の長女なのに、子どもが多いことをダシにしていて実家の用事や法事の手伝いにもあまり積極的でもないし、何もしようとしない。四女と五女は内地にいるからいい。でも、ねーねーは近くに住んでいるのに私たち三女と六女にだけ難儀をさせている」-と。
つまり、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】とすれば、子どもを六人も抱えていて子育ての時間しかなく、まったく時間に余裕がないことから、内心何かをしてあげたいけれど逆に迷惑をかけることになることは確実。そこで、どうせ最後まで責任が持てないことが分っているのであれば、尚のこと最初っからあまり積極的に参加しようとしないほうが逆に周りのためになるということの道理を、只、単にその実の妹らが理解できない、或いは無知ないことから起こる誤解が長年続いていたのだった。
 ※参考までに、これは家宅捜索があった5月24日の一ヵ月半前の4月4日付新聞記事の切り抜きです↓
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
 ※↓これも参考に付けますが、これは家宅捜索があった5月24日の直前当たる5月20日に、浦添警察署や各自治会などももちろん含まれる浦添市内の健全育成会でもある浦添市民会議の表彰を受けている娘の写真をその表彰の日から8日後の5月28日に沖縄タイム紙に掲載された時の写真記事です。途中、5月24日に家宅捜索があったのでその本村家の娘の表彰を巡って何か有ったのではなかったかと想像するにそう難しい事ではないはずです。これはその時の沖縄タイムス紙の記事の切り抜き写真です↓


 実際に六人の子どもの子育てを第一とする一方、普通の家の二倍はかかる出費稼ぎと子ども六人分の用事の多さで自分自身の本村家方の親戚付き合いすら出来ないほど六人の子の親・主として大変でもある上、「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】の立場でもあるといったような情況にたいし、実は自らもまったく経験がないことと、そして自らの実の親や親戚も含めて自らの周りに六人もの子を本村のようにきちんと育てた、というような情報や環境に恵まれなかったせいと、もうひとつ「両親揃った本当の家庭の味や姿」というものに対する無知や、その逆の嫉妬からか当時もそのことを口実にしてその「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を攻め、追込み悩ませ、いじめ、困らせ、苦しませ、わざとその事でこじらせ、夫婦のいさかいを意図的にさせた。
 つまり、「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の夫の警察関係者の兄やキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の唯一の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を本村家からいなくさせることで自動車運転免許証を保持しない「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】を困らせ、やむを得ず無免許運転をしたところを職を通じ浦添警察署へ通報し逮捕・拘留の目に遭わせ、一家八人の生活を支える本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」という事業所そのものを消滅させ、一家八人を通学どころか路頭に迷わせた挙句、二十年も続けてきた本村家の自営家業そのものの「職」を失わせようとした。
そしてその一方、なんと自らの食堂「ふく家」では、計略どおりならその大黒柱の夫も職も失うことになるはずの実の姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】をその食堂「ふく家」で「実の姉」ということで自動的に働かそうとした。
そして、自らの妻らに対する口実としてこれも加えた:
「もし、そうやっていじめることで、ちょっとした夫婦喧嘩程度のいさかいなどがあった時でも何でも直ぐに家出をさせてこっちで働かす。暴力を振るっていなくても構わない。『振るった』ということで夫の兄の警察関係者から浦添警察署へ警察官という職を通じてうそでも何でも作り話を大げさに通報させて女性センターなり、配偶者暴力相談支援センターなりを協力させる。そして一時保護の間に無免許運転をすれば浦添警察署へ通報し、逮捕・拘留させて本村家を潰す。もし無免許運転をしなくても半年やそこら保護命令まで出させて別居させ、仕事を出来ないようにさせる。そしてその間に離婚をさせる」ーと。
 (参考までに、上記のようなことはこの二、三年前にあったことだが、実はその頃に丁度あたる2009年(平成21年)の2月か3月頃にその浦添警察署へ夫婦喧嘩のことで実際に相談に行かされ「配偶者暴力相談支援センター」の存在や、「一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けた」と【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】本人が書いたと称する書類に確かに書かれてもいる)
確かにここ十五年~四、五年ほど前までには、それまで数度もその計略にはめられたとしか考えられないような無免許運転での逮捕・取調べを受けた経験をしたことがあったことから「もしや!」と常に頭には置いておいた。
だから、それ以降にあたるその二、三年前辺りの妻の家出での時などではすでに、この私「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】が「無免許運転をしたところを通報し逮捕・拘留」の目に遭わせようとする計略は通用しなくなっていた。
 そして今回も、急に家出をさせられた状態にある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がその妹夫婦の経営する店の食堂「ふく家」で急に、半ば強制的に、しかも今回は初めて実際に住み込みまでさせられて働かされている。
つまり、食堂「ふく家」とはまったく別の自営家業の事業所である「金城本村リフォーム設計」に対して平成23年8月4日の日から今日までの間、本村家の自営家業の共同経営者でもある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が背任加害者の状態になったまますでに四ヶ月と20日も経った。
 加えて更に、あろうことかその共同経営者でもあり、六人の子の母親で、妻でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた8月4日から八日後の平成23年8月12日からは遂に、この家の主の 本村安彦 が自動車運転免許証が無いために子どもたちの送迎が出来ないことから仕方なく、その家出中の唯一の運転手役の妻の 本村弘美 へ携帯電話などで連絡を取り、その時すでに自宅に八日間もその本人そのものに扶養されずに遺棄されていた状態の5人の未成熟子のうちの13歳の娘の夏休み中の陸上の合同練習会場である浦添総合グラウンドまでの送迎をその日も頼んだところ、
その場所までは連れて行ったとの情報は入ったものの、そのまま【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の妹夫婦とその夫の警察関係者の兄とキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて、ありもしない「本村家の5人の未成熟子のうちの13歳の娘とその母親が本日12日、浦添警察署と女性センター『配偶者暴力相談支援センター』へ相談に来た。本日8月12日、母親と娘に対して父親からDVがあった。だからその母親と娘の二人が本日12日付けで家出をしている。しばらく取り調べの必要があるから身柄を預かる」-などという”でっち上げ”のアリバイ工作を行って家出人捜索願いを提出までして心配し、探し回る父親を逆に犯罪者扱いして父親の元へ帰そうとしなかった。
結果的に、私たち本村家の家族からすれば母親が娘を拉致・誘拐させられ、罪を被った格好になって今日もその13歳の娘が家以外の場所で寝泊りをさせられ、監禁・軟禁被害者のままの状態となってすでに四ヶ月と12日も経った。
 まとめると、当初、その五人の未成熟の子どもたちは母親の扶養の義務から八日間遺棄され、その八日後からは一人の娘だけを住居も持たない身でありながら連れさせられ、放浪させられた挙句に面倒見をさせられる状態が四ヶ月と12日がっ経った。その一方、家に遺棄され続けている残りの中学二年生とその他の高校生や大学生といったその娘の兄ら計4人の未成熟子らはその母親の扶養の義務から四ヶ月と20日も遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも四ヶ月と20日も遺棄され続けている。
更に、もう一つの義務である「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての義務と責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
 このような事件の背景には実はこれまた警察絡みのからくりが存在していた。
 現在、その宜野湾市真栄原の「新町」通り街は、昨年から今年に掛けて宜野湾警察署が売春防止法取り締まり強化の一環で一大手入れをし、その「新町」の大方の売春宿を摘発したことによってその「新町」の売春宿そのものは無くなりつつある状態にある。
しかし、だからといって住所までは移る必要が無い売春婦らは中部や那覇などといった方々で稼ぎ終えると当然ながら自らの住居があるその宜野湾市真栄原の「新町」通り街界隈へ帰る。
そしてその帰る時間帯の深夜から朝方に立ち寄り、ゲーム機で遊興しながら食事や休憩をすることが出来るような店は実はその妹夫婦らが経営するその店たったの一軒しか存在しないことから24時間閉まる間が無いぐらいに忙しい。
つまり、それもこれも皆、警察の「取締り」や「絡み」のおかげで逆にその妹夫婦らの店が繁盛するようになっていることで余計に人手不足になり、姉を離婚させてまで手伝わせようと強く企んでいたということになる。

 では、5月24日に浦添警察署の生活安全課はでっち上げまでして家宅捜索をするなどと、何でそこまでこのいち個人宅へこだわるのかと言う疑問点では、
丁度そのころ、地元にある沖縄電力が実は、原発研究を7年も前からしている、-というような問題を浦添市民の各世帯へ知らしめんと盛んに新聞などの切抜きを配布していたお父さんの話題が市内の要人たちの場で沸騰したことで、狭い浦添、当然関係者で満杯。当たり前に沖縄電力の下請けから社員から親族まで多様に多く存在する。よって、「うるさい」-と、思ったのだろう。
 ※↓参考までに、これは娘が拉致された翌日に当たる去る8月13日夕方五時半に「沖縄の核兵器の実態とフクシマの原発問題」を絡めた内容の報道をしていたTBS「報道特集」に私、本村が米軍関係の施設の設計を長くやってきた「建築家」個人の立場で出演し、「沖縄の核専用貯蔵庫の存在実態」を証言した時の画像です↓(ちなみにこのシリーズでは5月24日の家宅捜索の六日後の5月30日には数年ぶりにNBC・長崎放送の「封印された核」という番組にも出演している




 そして、もうひとつは、浦添警察署生活安全課はお父さんをひとりで外へ出したあと、お母さんからだけ話を聞きたかったのかもしれない。その2年前のただの何でもない夫婦喧嘩のそのあとの情報がほしくて。何かの役に立てようと。
しかし、お父さんが自動車の運転免許証を持っていないことで、お母さんと切り離すことに失敗したからこそしどろもどろの家宅捜索になり、実はお父さんから庭で事情を聞くから、又は「外で写真を撮るから」などと表向きその時はお父さんからだけの事情聴取で終わらせたんではないだろうか。
しかし、2年前にお母さんがお父さんに隠れて夫婦喧嘩の相談を持ちかけさせられていたわけだから、実は家の中で約2時間もお母さんひとりに対して2~3人の捜査官がお母さんが何か隠していることことはないかどうか、お父さんを陥れできる材料がないかどうかの事情をしきりに聞いていたのではないだろうか。
だから、お母さんは、この2年の間に幾度もお父さんと伴に喜怒哀楽を過ごしてきたこととが合い矛盾することから、もう二年も前にそんなことがあって、一度もお父さんへ話していなかったやましさもあり、特に話がへたなお母さんはお父さんへ話そうにも話せなくて、だから、その日から数日の間お母さんはお父さんとちょいちょいおかしくなったんじゃないだろうか。
ふつうに考えてみたらそうなるだろう。2年前にはすでにお父さんは夫ではあっても蚊帳の外だったんだから。
そして、その家の中では実は恐ろしいことが行われていたのではないのだろうか。
実は、お母さんを数人がかりで無理やり了解させ、ありもしない家庭内暴力がないのかどうかや、早くこの商売を止めるよう、あるいは言論ボランティアを止めるように勧めるなど、当然ながら捜査と称して屋内の隅々までプライバシー侵害まで犯しながらあらゆる写真を撮って帰ったのではないだろうか。)
以上、ここまで2011年11月3日に追記した。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

 そして以下は、先だって那覇地方検察庁へその食堂「ふく家」の経営者を被告訴人として刑事告訴した「告訴状」の抜粋です。参考までに添付しました:
告訴状
(略)
  那覇地方検察庁 殿

   一、 告訴の趣旨
 平成23年9月5日午前10時ごろに被害届を携え、浦添警察署一階にある地域課へ提出。
 しかし、別の課の生活安全課の伊礼と名乗る者が突然現れ、「被害届」との表題を見るなり「こんなものは受け取れない」と拒んだが、そのまま置いて帰った。
 その後、11時41分丁度にその浦添警察署生活安全課の伊礼という課長から電話が入り、こう言いました。
「今朝の被害届にある刑法違反は該当しない。例えば”遺棄罪”だが、運転免許を持たない主人の夫が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく家で、その家に子どもが4~5人いて自営家業を家で唯一人の運転手役の共同経営者で母親が一ヶ月家に帰らず遺棄しようが、”遺棄罪”にもならない。運転免許取ればいい。だからこの被害届を取りに来なければごみ箱へ捨てる」との内容でした。
 その後、浦添警察署だけでは子どもたちの安全は守れないと判断し、その後は県の県警本部と両方へ被害相談をすることにし、即刻提出しました。
しかし、それから一ヵ月半。何の進展もありませんので平成23年10月5日に那覇地方検察庁へ第一回目の告訴をしました。
(略)
また、その間の平成23年8月12日からは、その日までは遺棄・放棄状態にあった自らの事業所兼自宅に残り住む5人の未成熟子の内の13歳の娘一人を被告訴人の意図の脅迫が元で拉致誘拐までさせられています。
 強制的に働かされ始めた平成23年8月4日当初、当時も低迷していた食堂「ふく家」の売り上げをなんとか好転させようとの被告訴人の狙いから始まったその本村弘美にとっては一種背信・背任行動になってしまったささいなアルバイト的「食堂のキッチン手伝い」という軽い教唆的所為が、いつの間にか途中の平成23年8月12日の翌日あたりからは、とうとう当時浦添市役所の広報、そして新聞やラジオで評判になっていた告訴人・本村安彦の13歳の娘・未姫(みき)を「広告塔」役として利用する目的に発展してしまい、その娘を拉致・誘拐軟禁・洗脳までさせられるはめに妻で母親の本村弘美は陥れられてしまっています。
すべて被告訴人の脅迫が元とはいえ、本村弘美は本来の「妻で母親の本村弘美」自らのその事業所へも、またその事業所を兼ねる自宅へも、戻ろうにも戻れず今日現在も遺棄・放棄させられ、家に残る4人の子どもに対する教育を受けさせ続ける義務と責任などの監護義務や扶養の義務と責任が果たせず、中学校や高等学校、そして大学へも直接的に迷惑を掛けてしまって悩み苦しむことはもちろん。夫同様、自らも共同経営者でもある自営家業の顧客およそ100件に対するアフターサービス義務すらも果たせず、その事を要求する夫や子どもたちの要求を拒否せざるを得ないといった異常な状況にほとほと困り果てています。
また、その自らの自営家業や家庭の債務などの債権者らに対し、夫と共同責任債務者として事業を継続し、債務整理しなければならないなどといった社会人としての当然で当たり前の社会的責任まで怠っています。現在その100件のお客様へまで迷惑がかかっており、その責任も取りようもないことはもちろん、夫との同居義務も果たそうにも果たすことが不可能な状況下で苦悩しつづけています。
  以上、被告訴人の上記のそのような所為は、刑法224条・225条~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任罪教唆)刑法第217条~218条(遺棄罪教唆)の被害を及ぼした。
特に、略取及び誘拐幇助や遺棄罪と背任罪の教唆については深刻であります。なにしろ被告訴人の経営するその「ふく家」という食堂には本村弘美の実の母も当時は関わっており、現在も実の妹らが働いています。その親族は告訴人の妻の本村弘美が過去20年以上に亘り、運転免許を持たない夫で告訴人の私が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく事情や、夫婦自らが営む事業所兼自宅では未だに妻の本村弘美自らが産んだ5人の未成熟子も抱える母親でもあることなど百も承知の上での誘拐や背任。そして遺棄を脅迫し、強要しているという妻の本村弘美の持つ家族全体に対する悪意があることになるからであります。
つまり、被告訴人は本村弘美の抱えるそのような事情を知っていながらその事実を無視する形で採用手続きを経て働かせようととすることすなわち犯罪未遂そのものに該当するし、しかもそれを実行してすでに3ヶ月と半月が経っているということです。よって当該被告訴人を厳罰に処することを求め告訴する。

   二、 告訴事実
  被告訴人は平成23年8月4日午後2時頃、沖縄県浦添市港川2丁目10番8号の本村家の住宅周辺で、当時精神的に落ち込んでいた本村家の主婦の本村弘美を呼び出し連れ去った。
以来、その六人の子どもの実母で妻・本村弘美は、今日現在もその6人もの子どもたちの実の母である本村弘美そのものを捨て去ってしまった拉致誘拐罪と背信・背任罪及び遺棄罪を背負わされたということになっています。
  被告訴人は平成23年8月12日午前。沖縄県浦添市港川2丁目10番8号の本村家の娘・13歳を、先の平成23年8月4日に連れ去ったその娘の実の母親である本村弘美を使い、午前08時18分頃浦添総合グラウンドの駐車場の車内でそそのかし拉致誘拐軟禁させ、現在までその娘を家へ帰えさせていない。
  被告訴人は平成23年8月19日午後四時頃、故・実母とその娘たちが働く「ふく家」という、食堂という、(本村家の自営で家業の仕事はもちろん、本村家の日常生活でも運転手が役目のはずの母親が、この8月19日の15日前の8月4日から行方をくらましっ放しで自分の家族への扶養の義務を遺棄させられ、自分自身の家族である本村家へは損害を与えて居ながらの状態で)本村弘美自身の家業とはまったく別の被告訴人の経営する職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
また、同日同時刻にその被告訴人の経営する食堂の「ふく家」でこんな脅迫を目の当たりにしました。
妻の本村弘美は家業の仕事を遺棄する一方で、自らの実母も当時も関わり、現在も実の姉妹らが働くその食堂「ふく家」のキッチンカウンターで働いていたのを初めて発見したときのことです。
発見し、即座に店内のテーブルの一角で二人っきりで話し合い、早く戻るようにと説得をし、妻の本村弘美が家へ戻る二つの条件①酒を飲むと追求で口やがましくなるから酒をを止める。②今回の事などを含めてごちゃごちゃ言わない。深く追求しない。を言い出したのでそれを書面にして渡した。それをきっかけに本村家へ帰ることが決まった矢先、夫婦で真剣に話し合いをしているそのテーブルへ妻の本村弘美の実母の故・島袋照子がいきなり割り込んできて妻の本村弘美を睨み付けて突然こう言うのです。「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」とまくしたてました。(小ぶりの店内の二つ向こうのテーブルにはその実母と、あと二人の妹が座って様子を伺っていたが、夫婦でまとまった事を知ったその実母が一人立ち上がって二人のテーブルへ来た状況です)
これを脅迫・強制と言わずして何というのでしょうか。
おかげで、まとまり掛けていた自分の家へ戻る話を妻の本村弘美は口ごもりはじめ、せっかくの円満な話もその場では直ぐにはまとまらなくなり、翌日の朝まで返事を待つことにはしたものの、それ以来今のような状況が続いています。
※この店へ行く一時間前までは、その妻の実母の故・島袋照子へ電話をかけ、「お母さんが間に入って仲裁してくれませんか?」と仲裁を持ちかけたが、「私はその気はありません」と断られ、仕方がないので自分ひとりで店に居る妻を見付けた経緯があります。
  
  被告訴人は平成23年9月5日頃、告訴人がこの日の午前中に浦添警察署生活安全課へ提出した被害届の内容に対して「被害届にある刑法違反は該当しない。例えば”遺棄罪”だが、運転免許を持たない主人の夫が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく家で、その家に子どもが4~5人いて自営家業を家で唯一人の運転手役の共同経営者で母親が一ヶ月家に帰らず遺棄しようが、”遺棄罪”にならない。運転免許は取ればいい」というような浦添警察署の不当な結論を導くようなうそ・狂言などの情報を意図的にその浦添警察署生活安全課へ提供し、正当ないち市民である告訴人の権利行使を妨害した。
 また、その後、浦添警察署だけへかと思ったら、県の県警本部の両方へも被害相談をしたいち市民である告訴人の正当な権利行使に対しても同じようなことを意図的に行い妨害した。
  被告訴人は平成23年9月15日。故・島袋照子の娘たちが働く「ふく家」という被告訴人の経営する食堂の職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。 
  被告訴人は平成23年9月21日。またまた故人・島袋照子とその娘たちが働く「ふく家」という被告訴人の経営する職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
  被告訴人は平成23年9月25日。中学校の運動会の昼食時間に本村弘美が、本村家の中2の五男や父で夫の告訴人を無視させられ、その一方、被告訴人の経営する食堂「ふく家」で働く本村弘美の実の妹らの家族大勢へは本村弘美自分分自身の家族への弁当は用意させないでおいて、その同じ学校内の同じ場所へ被告訴人らの家族分の弁当をこしらえさせ、携えさせ振舞わさせて被告訴人の家族が利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
 被告訴人の、前記行為は刑法224条・225条~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任罪教唆)刑法第217条~218条(遺棄罪教唆)に該当するので、被告訴人の厳重な処罰を求めます。そして、ここに告訴いたします。

   三、  立証方法
     1   参考人  娘のコーチ
     2   被害者  次男
     3   被害者  三男
     4   被害者  四男
     5   被害者  五男
     6   被害者  長女
     7   被害者  妻

   四、  添付書類
       今日現在までの被害届やそれにまつわる一連の文書一組。


沖縄県浦添市港川2丁目10番8号                        告訴人 本村安彦                                自宅電話番号:098-876-5536携帯電話番号:080-4279-3124番または098-876-5538番
以上、「告訴状」から抜粋した。
 自営家業の共同経営者でしかも唯一の運転免許保持者の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が急に家出と背任、そして娘が拉致・誘拐され監禁・軟禁状態になったことで、自動車を使用して行われる営業活動の損害や損失からその拉致誘拐されたままの娘との連絡や相談といった事件解決へ向ける行動が著しく制限されることはもちろん、普通の市民生活のすべてまで、ーといった現代の生活水準の享受そのものがその自動車が活用できないことで家に残る5人の家族が運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】へ遺棄されている今日までのすべての被害:
 今から25年前の結婚当初の頃は従業員を数名置くなど、夫婦で自宅とは別の場所で設計事務所を経営しておりました。そしておよそ15年ほど前からは現在のように自宅にて普通自動車運転免許証を保持する妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】と運転免許証のない夫【店主で父夫の本村安彦】のたった二人で共同で個人家業を営んできている。
ところが平成23年8月4日の昼、自動車を用いて行われなければ仕事自体はもちろん、市民生活といった暮らしそのもの自体がこの沖縄では成り立たないにもかかわらず何の前触れもなく突然急に【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者の指示で家出をさせられたその日から今日まで約四ヶ月余りになる。
しかも児童生徒を含む7人の大家族を抱えての自宅での個人家業を車無しでは買い物すら不自由するような、車社会で有名な街でもある浦添市内の港川地域の住宅街で暮らしているのだからなおさらひどい状態といえる。
 一般的に、普通自動車免許の再取得のためには自動車教習所へ通う必要がある。
そして、4、50代で職と子を多く抱え持つ世帯主の場合の普通自動車運転免許証の再取得期間は最低でも3~6ヶ月はかかるものと想定されている。
それに加えて費用の二十数万円を前もって用意し、準備する必要もある。
 しかしその方法とは別の方法もないことないではない。
これはよく「1、2週間もあれば免許なんて直ぐに取れる」という話を耳にします。しかし、過去に免許を持っていて再取得を目指すような者にとってはそんな非現実的な話など到底あり得ない。
と申しますのも、それは俗に言う「一発勝負」と呼ばれる公安委員会の自動車免許試験場で直接試験を受けて普通自動車運転免許証を得る方法の場合を指しているのですが、確かにその試験というのは毎週、或いは隔週に一度試験を受ける資格を与えられはするものの仮運転免許証を取得するだけでも半年もかかりますので逆に時間がかかる。
ちなみにこれは14年前の私自身の実際の体験なので間違いない。
 話は戻りますが、普通自動車運転免許証を保持する妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が突然にいなくなったことで取り残された夫【店主で父夫の本村安彦】をはじめとする運転免許証を持たない7人もの家族の四ヶ月余りに亘る生活を破壊しているばかりか生活の糧を得る大切な仕事そのものまで一切出来なくなり廃業の事態に追い込まされることは必至。
ですから、妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のそのような行為が仮に本人自らの意志で行った故意の行為ならもちろんのこと、あるいは第三者で加害者に因る脅迫や強制的な指示の影響だったとしたら、悪意そのものですので刑法によって罰せられなければならないことは必然だといっても過言ではない。
当然、運転免許がない夫【店主で父夫の本村安彦】だけ特別扱いされ、二、三週間で普通自動車の運転免許が取得出来るわけがない。
今日も営業用兼自家用普通自動車自体は目の前にあることはありますが、妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が行方不明で家出状態が続いていることで自動車活用が必至な交通事情のこの沖縄で7人もの家族が暮らすには最低でも1台の自動車を自営業と生活で兼用する必要があることは言うまでもない。
それは何も自営業と生活で兼用しなければならない我が家のような事情がある自宅兼事業所のようなケースに限らず、沖縄では一般的なサラリーマン世帯でさえ最低でも一家に1台の自動車が必要です。また時々発表される調査データでもそうなっている。
にもかかわらず、我が家ではもうすでに四ヶ月余りもただの一台でさえ利用できないような被害状態が現在も続いている。
 以上が被害内容の概要となっている。
 国民一人ひとりは憲法によって保障されているはずです。最低限度の生活水準として近現代では特殊な事情がない限り自動車を活用して得る豊かな生活の享受も保障されているはずです。
しかし、実のところこの7人家族の我が家ではこの四ヶ月余りその憲法の保障が全くない。
その状態がすでに四ヶ月と8日が経過した現在もその状況に変化がない。
一家7人の国民的な暮らしと、自宅自営家業の仕事が遺棄されていることによって起こっている様々な被害の内容が今日まで重なり続けている。
 ところで、こんな脅迫を目の当たりにした。それは去る平成23年8月19日の夕方4時頃に、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の実母の故・島袋照子と姉妹の志良堂ちあき及び金城香が共同運営している食堂でのことだった。
妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】は突然蒸発する手段で持って家業の仕事を遺棄させられる一方で、自らの実母や実の姉妹らが共同で運営する食堂のキッチンカウンターで働かされていたのを発見し、
即座に店内のテーブルの一角で二人っきりで話し合い、早く【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の状態に戻るように説得をし、その【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】自身が戻る条件を言い出したのをきっかけにまとまりかけていた矢先、「本村家」の問題を夫婦で真剣に話し合いをしているその場へそれまでここ二十七年余り我が家、本村家の自営家業の実態と、生活の実態などまったく知りようがない立場の妻の実母の故・島袋照子が割り込んできて【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を睨み付けて無責任にも突然こう言う。
「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」とまくしたてた。
そうやって暴力を振るわれた訳でもないようなまったく何の正当な理由も無く嫁にやった娘の嫁ぎ先の主の家業と家庭を放棄・遺棄している姿を更に続けさせる目的で脅迫をした。
おかげで、まとまっていた家へ戻る話を、結果的にはそのような理不尽な脅迫までするような母親をそうとは知らずわざわざ呼び出してまで家へ戻る話を続けようとする妻の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】は急に口ごもり家へ戻る話を撤回し始めた。
そのせいでせっかくの円満な話もその場では直ぐにはまとまらなくなり、翌日の朝まで返事を待つことにはしたものの、それ以来も今のような状況が続いている。
※この店へ行く一時間前までは、その故・島袋照子へ電話をかけ、「お母さんが間に入ってくれませんか?」と持ちかけたが、「私はその気はありません」と断られ、仕方がないので自分ひとりで店に居る妻を見付けた経緯もあったことからすると、
やはり、かつての自分が27年も前から達成しようにも達成出来なかった子どもを六人も抱えながら一生懸命生きているいち夫婦の一連の生きざまや様々な営みに対する自分自身での経験が無かったことと、そして自らは乗り越え切れなかったことを乗り越え、やり貫いて生きてきているような本村家の人生観に対する無知からくる年下の娘の夫に対するどうしようもない嫉妬が災いし、通常、正常な状態では考えられない言動としか言いようがない感情からつい、「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」ーなどとまくしたてるような結果の言葉を口に出てしまった。
それは、本村家の主の私にすれば只、実娘夫婦に対する侮辱以外のなにものでもなかった。
以上
(略取及び誘拐、脅迫、背任、遺棄)詳細は下記次項以降の「被害の模様」の(1)を参照のこと。

 ②夫婦に五男一女、子ども6人で合計8人一家で唯一人の末の娘13歳で中学1年生の未姫(みき)が、平成23年8月12日の午前に拉致・誘拐されて以来、本日(平成23年12月14日)で4ヶ月と2日がすでに経過していて、そのダメージは計り知れない。
例えば、生まれてこのかた13年間、学校行事や、父親など両親を伴うような旅行以外では一度たりとも家を空けたこともなく、去る3月・春の小学校卒業式では6ヵ年間無遅刻無欠席賞を受けている。そんな娘・未姫(みき)の持つ大事な徳性が失われてしまったことのショックは自らはもちろん、一家全員の今後の人生で大きな損失となることは間違いない。
また、このまる四ヶ月間、一家で唯一の車の運転手役でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者で加害者の指示で家に居ないことで仕事も収入もまったくないことから支払わなければならない子どもたちの学費や部活費用、そして日々の生活用品などのお金が滞ってしまっている上に、毎月引き落とされる学校関係の支払いが常に残高不足となっており、現在間違いなく娘がクラスの教壇からクラスメートの衆目の中で請求書を持たされ、うなだれているであろうことがすでに分かっていてふびんである。
また、夏休み中の拉致誘拐から学校が始まった8月の末頃には、何処からともなく通う中学校の廊下を級友らと雑談をしながら歩いている最中の妹に対し、一つ違いの同じ中学に自宅から普通に通う中2の兄望(のぞみ)に「早く家へ帰ってこいよ~!!」と拉致誘拐されて以降常に声をかけられ、自分が家を出てしまっている理由が実はやむを得ずうそで塗り固められていることの本当の理由をまったく知らないことから仕方なく、自分勝手に正当化してしまっていて、只「家出している」-とだけしか説明がつかなくて困っていることを級友に知られてしまうのが怖くなって黙って見て見ぬふりをしてしまっている様子をその兄の望(のぞみ)から毎日報告を受けている。
原因は、そんな人倫に反するようなことが起こっている事など全くお構いなしの非人間的な第三者で加害者が引き起こしたこの拉致誘拐事件が原因だ。
取り返しのつかないこの心のひずみをいかにして自分自身で修正し正してゆくのだろうか。はたしてこのままの状態でどのような娘に育つものだろうか、などと心配は募る一方だ。詳細は下記(2)、(3)及び)(4)を参照のこと。

 ③五男の14歳で中学2年生の望(のぞみ)は、拉致誘拐され続けている妹の未姫とは一つ違いということもあり、生まれたばかりの頃から家に居るときだけではなく幼稚園と小学校、そして少年野球といった地域活動の頃から現在の中学校までづ~と一緒だっただけに、伴に家や傍にいて当たり前の妹が傍に居なくなったことでショックが増幅しきっている。
例えば、平成23年9月8日の午後。生徒正面玄関吹き抜けの一階から三階の渡り廊下を行く妹の姿を見かけ、思わず「お~い未姫~!家に帰れよ~!! 」と周囲の目も気にせず叫んでしまったようだ。普段は照れ屋で、おとなしいこの直ぐ上の兄・望のそのような行動を望自らが声を弾ませて語る姿にはさすがに驚かされた。、、、お母さんに自分だけは捨てられ、妹はそんなお母さんと一緒。望(のぞみ)は一体今もどんな気持ちだろう。
加えて、妹同様に毎月分の支払いができないことと、しかも中二の望の場合は去る10月14日までには修学旅行費74,000円を一括請求されていて支払うことが出来なかった。それもその第三者で加害者が引き起こしたこの事件のせいで家業が出来ないことから全く目処がたたなかったことが原因だ。上の兄4人は皆なんとかかんとか支払って参加させることができた中学校の大事な修学旅行だっただけに、準用保護となってしまったあとの就学援助で数千円しか支払えなかったことをいつかは伝えなければならない状況がやってくるとしたら、妹の未姫(みき)同様、学校校納金の請求書を持たされるだけで収まらないことからなんと詫びようかまったくのところ親として恥ずかしい限りである。
きっと、上の四人の兄たちが中学生の時代はこのような目に遭ったことはなかっただろうに、不公平だ、などと考えてはいないだろうか、心配である。
 ④四男の17歳で高校3年生の公平(こうへい)の場合は一番運が悪く、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示の下、一人で家出をした平成23年8月4日は、おりしも翌日に控えた大学のAO入試申し込み書類準備の最終日で、しかもその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親がそれまではきちんと相談役を引き受け対応していただけに惜しまれる。
また、当然にその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親とは受験費用の三万円の支払い相談ももちろんのこと、月々2万円足らずの小額とはいえ公的機関からの奨学金での学費応援が毎月ある中、滞納してしまっている数か月分の学校校納金およそ5万円余りなど、それらをすべてを第三者で加害者の指示で投げ捨てさせられて家出をした【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親の事情があるとはいえ、その無責任さに対するショックは、上の三人の兄のときは一切そんなことは無かっただけにかなりなもんだったようである。きっと、自分の名前の由来のとおり公平不公平を一番敏感に感じるだけに心配だ。
例えば、事件当初のその日から二十日後の高等学校推薦での大学入試一次試験合格のささやかな家での祝いにもその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親は家に居なかったうえ、9月10日当時に迫っていた大事な最終試験の二次試験の日の時でさえその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が家に居なかったのだから、自分がその二次試験に合格した後直ぐに支払わなければならなかったおよそ45万円の入学金の準備でさえまったくもってできていなかった時の様子がうかがえる自分の両親の顔色を見据えているようだった。
更にこの高校3年生の四男公平(こうへい)の場合、現在家に残っている上の兄二人は19歳と二十一歳という年齢のいずれも大学生であることから、高校生の自分のすぐ下で未だに中学生の兄弟姉妹の未姫(みき)と望(のぞみ)とその二人の大学生の兄とでは歳が離れすぎるギャップがあることから、普段からその中学生の二人に一番歳が近い兄として面倒見役を自ら買って出るなど、家庭生活では仕切っているだけに今度の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示の影響の下、唯ひとり家出をしたその日を境に、買い物や家事、そして洗濯物係りの弟の望へ指示を出しながらの家事全般に亘る面倒を見てもらっている。
特に、平成23年8月12日に妹の未姫(みき)が拉致・誘拐されるまでの8日間は母親の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者で加害者の指示で只一人家出をしていたのだから、拉致誘拐される前のその妹・未姫(みき)へも皿洗いや台所係りなどを母親に代わってしっかりとするようにと、自身が率先してやって見せるなどときちんと面倒見役をこなしていた。
当然に、妹・未姫(みき)は弟の望(のぞみ)とは明らかに違う女子なんだ、ということへの神経も使いながら。
妹の未姫(みき)が拉致誘拐される以前からそうだが、
この四男公平(こうへい)の通う学校独特の生徒代表による学校行事の練習をこなすことはもちろんのこと、それ以降、或いは当時の一次試験以降からその後の二次試験に向けた学校での面接練習から、入試後に仮にでも落ちることがあった場合のような最悪なケースなども想定し、その時に向けた課題自習をすべてこなしながらも【店主で父夫の本村安彦】で父親が車の運転が出来ないことで、徒歩で仕事や用事を済ませていて家に居られない間、あるいは徒歩のため、自動車の運転さえ出来れば数十分で終える用事も数時間かかるなどの関係から時間が無くて家の用事が出来ないようなときのサポートから、
かつての現在の高校へ入る前の中学三年生の頃からさえも、子沢山貧乏で他の周辺家族よりは明らかに苦しいはずの家計を察知しながらもその高等学校は野球部推薦で入学した関係でアルバイトができなかったことを気にし続けていたこともあり、今年高校生活最後の夏の大会が終わった後からは積極的にこの【店主で父夫の本村安彦】の仕事の手伝いまでを文句一つ言わずにこなしてきた。
この四男の公平だが、その後、その二次試験で落ちてしまったものの、しかし、その後の「課題小論文試験」に合格しめでたく大学入学の切符を手に入れた。
それにしても今度のこの問題に対する心の中の葛藤はいかばかりのことだろうか。計り知れないものがあるように思える。
そんな公平(こうへい)だけに明後日の平成23年12月16日までにそのやっと掴まえた大学へ支払いを済ませなければならない入学金566,160円は果たしてやりたい。
しかし、これは信じがたい話だが、今から10日ほど前の11月30日の水曜日に合格通知を受け、翌日の12月1日の金曜日には早速指定金融機関の労働金庫へ家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が申し込みをしたところが、なんとその申し込みから一週間も経った支払い手続き期限である来る12月16日金曜日にあと一週間と迫った去る8日木曜日なって拒否されてしまった。
その後、家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】はその足で翌日9日金曜日に慌てて国の金融機関である沖縄金融公庫へ出向き国の「教育ローン」の相談をしたところ、そんな急には必要書類が揃えなくて週末を挟んだ12日月曜日と翌13日の火曜日の昨日に申し込みを終えはしたもののあまり言い返事ではなかったと家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】から伝わって来ている。
そして、その翌日にあたる本日、平成23年12月14日現在。
我が家の全財産は残りわずか3万円弱のお金しか残っていない。
ましてや入学手続き期限の平成23年12月16日まであとたったの二日しか残っていないにもかかわらず今日現在未だにその566、160円の目処どころかここ数日間の生活費でさえも、そしてその入学金の一円のお金の目処さえ立たない状態が続いている。
今日こそは必ずやせめてその四男・公平の大学への支払いの目処だけでも獲得し、あと二日以内には必ずや入学手続きを終え、来年からは晴れて大学一年生としてで頑張ってほしいと願って止まないが、現実は絶望的だ。

 ⑤三男の19歳で大学一年生の自然(しぜん)の場合もこのところ不運続きだ。例えば、大学入学が決まった昨年の十月にはすでに野球部の最終戦が終えていたことや、年齢が自動車運転免許が取れる早生まれで満18歳に達していた高校三年生生活だったこともあり、早めに自動車運転免許証を取らせなければならないと、アルバイトを始めさせ、一家としても当初のころの昨年暮れごろまでは家計の中からある程度の費用を応援できていた。
しかし、今年に入って不景気が続いたことで運転免許の費用として稼いでいた月々約3~5万円は、今度の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示とはいえ不況の最中一人で家出をさせられた後も、泣きっ面に蜂じゃないが私【店主で父夫の本村安彦】はそのせいで全く稼げない、などという事情を知っていて、野球部推薦ではない推薦で大学入学した関係から入学後は必ず野球部に入部しなければならない条件がないこともあり、その大学に入ってからも続けられたアルバイトのお金はづ~と今日に至るまで家全体の生活費に使わせてもらっている。
おかげで、この三男自然(しぜん)だけは家に残る兄弟の中でも唯ひとりだけ自身のアルバイトのお金を自分自身の運転免許の費用にさえ使えない状況が続いている。そのせいで、8月あたりには仮運転免許は通りはしたものの、その第一段階の最低限度の費用約11万円余を全額納めることが出来ず、本免許へ向け自動車練習場へ通っている最中でもある。
しかし、その自動車練習所の取得期限である今月末までにお金が間に合わないことが分っていて、なんともやるせない状態が続いている。
 更にすでに届いている大学の後期分405,000円の納付書の期限が去った9月30日となっていたのを延長してもらっているその上、これも去った12月9日までだったその延納期限を更に今回再延納申請許可をしてもらった最終的な期限の来年3月15日までの期限内に支払えないことが厳然としていてせっかく新たな夢と希望に向かって胸を膨らませて入ったばかりの門出である一年次で除籍されることが明らかになっていて分かるこんな事件の最中。アルバイトでがんばって家計を応援しておよそ一年半が経過しても未だに運転免許取得の費用の残り16万円を納めきれないでいる中でいかにしてその事実を伝え、その三男と伴に働き蓄えながら絶望的なその費用をまかない、県立高等学校からその大学への推薦や社会福祉協議会などといった公的機関及び地域の民生委員などの社会の機構が工面してくれた入学金で入学応援してもらったせっかくの大学一年生の後期分を納めきれるかが勝負どころだ。
加えて入学後は月々の修学費用をこれまた公的機関奨学金の世話になっている最中、今後その専門の学問への精進のモチベーションをいかに維持させ、続けさせようものか心中を鑑みると悩みは尽きない。
加えてこの三男の自然(しぜん)、最近は、第三者で加害者の指示で一人で家出をした【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親の時や、その8日後に妹の未姫(みき)が拉致誘拐された当初の頃にはあまり見られなかったような心の変化の動きも垣間見られるようになってきているようである。心配だ。
 また、この三男、大学の入学当初の頃までは少年野球から鍛えてきたガッチリとした体格が、未だ19歳という若さなのに、ここのところみるみる細くなる一方で、精神的な面も含め、身体面でも不安が尽きない状態が続いている。
 ⑥次男の二十一歳で大学三年生の眞理(しんり)の場合は、この事件の始まりから現在までの余波及び今後の展開次第ではややもすると幼い頃からの夢だった大学野球を経てのプロ野球選手という大きな目標の中の一過程では特に近年、一番に大事と言われている大学野球選手で活躍してプロの選手、ーという夢をも奪いかねない。
つまり、大学一年次の三男の自然(しぜん)同様、滞納している大学の費用がかさみ、来年の四年次まで行けるかどうかどころか、現在の三年次でさえ収められるかどうかが危うくなった。
のことです。これも三男の自然同様、普通ならもうすでに支払いを終えているはずの大学後期分の費用の滞納金421,500円の納付書の期限が去った9月30日となっていたのを延長してもらっているその上、これも去った12月9日までだったその延納期限を更に今回再延納申請許可をしてもらった最終的な期限の来年3月15日までの期限内に支払えないことが厳然としていてせっかく三年次の後期まですすんでいてそれから除籍されることが明らかになっている状況であるという深刻で最悪な事情という一大事が迫っている。
しかもこの事件の終息がまったく見えない最中での今度のこの最終的な滞納期限超過問題の目に遭っている。
具体的には、弟の三男同様、来年春、3月15日午後5時までに421,500円を大学へ支払いを済ませなければ大学へこれ以上通えないということです。
せっかく四年制大学の三年次の後期まで進んでおいて、残りあと一年半で卒業が出来るまでに来ているというのにです。
もう一つは、一年間で二度のチャンスしか訪れない神宮での全国大学野球選手権のかかった大会の一つだった昨年の秋季・九州地区大学野球選手権大会の真っ最中に起こっていたこの事件。
しかもこの三年間、大学野球ではづーと主軸四打者でレギュラー。家に残る最年長の家族の一員、そして拉致誘拐された妹・未姫(みき)の兄として事件に巻き込まれてしまっていることで他の兄弟にはない大きな悩みを抱えてしまっていた中でのその大会は、実はリーグ戦だった関係で決戦まで行く手前の段階の予戦中にその大学の除籍期限日でもあった前期分の最終支払い再再延納許可期限日の9月16日金曜日まであと残りわずか1日手前になって大学関係機関などの体育小額起因を大幅に前倒しして振り込んでもらい乗り越えたという状態だった。
しかし、その大会は本人個人としては緒戦からいい成績を残し、積極的に打って出はしたものの、予戦後半戦になった辺りからその支払い期限にもかかわらず支払いの目処が立たなくなっていたことも災いしたのでしょう、勝負どころでの四番としての肝心な適時打が散発しだしとうとう予戦の段階で敗退してしまった。
現在はシーズンオフということで体力トレーニングにいそしんでいる最中のようだ。
  以上が、わが子たち五人の未成熟子の被害状況です。
 来年の3月15日まであと残り三ヶ月。もし仮にでも【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が昨日までどうしても切り離せなかったこの事件の主犯のその第三者で加害者から思い切って逃れ、今日にでも自分のこの家へ帰って来るなり、あるいは最低限、昼間の間だけでも自分の家業の仕事に戻ってくるのであれば、元の仕事の家業を通した両親二人の力でもって何とかその費用を工面し、最低でも最悪な除籍などという深刻な事態だけは回避できる可能性が生まれる。
しかし明日の日も、なんら今日と変わらない現在の状況と同様に第三者で加害者の支配下のもと、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親と拉致誘拐状態の娘の今の状況が続くのであれば、間違いなくこの次男と三男は除籍になってしまいます。
なぜならこのままの状態が明日も続くようであれば、【店主で父夫の本村安彦】で父親が管理する本村家の全財産はもうすでに三万円を割り込んでいて、7人全員の死活問題にあり、あと残り二日しかない四男の入学費用の工面も出来ないことに加えて、その後の自営家業もおぼつかない状態では何の希望も持てないからです。
つまり、本村家の七人全員が住むこの大家族の家では教育費などを含めると食費やライフライン費用が月々およそ45万円もかかるにもかかわらず、お金は残りあと数日分しかないのですから7名ものライフラインです。一人たりともないがしろに出来ませんから除籍も止むを得ませんので間違いなく除籍は確定します。
もし、仮にそうなれば、この次男・眞理(しんり)が岡山県での高校野球の推薦入学の頃から世話になっている公的機関の奨学金をはじめとして、現時点の大学野球推薦入学まで続いている高校時代の時の公的機関の奨学金制度とはまた別の公的機関の奨学金制度を利用させてもらっている修学の意味や大学野球活動の意味そのものまでが失われてしまい、まったくの無駄に終わってしまいかねない事態に陥って
しまいます。最低でも除籍だけは回避したい。
しかし、どうなんでしょうか。この甚大な本村家や公的機関の奨学金にまで被害を与え続ける第三者で加害者を警察は早急に、いや今日にでも捕まえていただけないものでしょうか。お願いします。

  最後に、私、お世話になっている二人の中学生と一人の高校生と二人の大学生の父 本村安彦は、このおよそ二十年、本村家の主の本村が無党派無宗教無団体という個人の立場で行う「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-とのボランティア活動を行ってきた。
それを疎ましく思っているという日本政府や沖縄の統治作用。
そしてその手先となって小遣い稼ぎをする情報屋へ警察裏金を払う浦添警察署やその関係者といった権力者らの外圧が、知らず知らずのうちに特捜刑事をしている兄を持つ妻の妹の夫、そしてその妻の妹らが直接或いは妻の実母故・島袋照子を介して間接的に本村家の妻でもあるその実娘本村弘美自身である私の妻をも精神的に追込んでいた。
つまり、長年に亘り妻のその妹や母親らを結果的には悪用していた浦添の警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄。必ずや親族の中には一人や二人ぐらいは警察関係者がいる。だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
 一般的にこの狭い沖縄で起こる事件に対する警察権力の発信元は実は、地元の所轄警察署でも県警の沖縄県警でもなく、まず先に親族の中の誰かがその親族の中に居る警察関係の親族へ報告と連絡及び相談をする。
そして、それから所轄の警察署なり、沖縄県警なりの警察権力が介入するという順番が普通。
 よって、本件の深層でも、同じ浦添市内で起こる他の事件へ介入する警察権力の順番の例に漏れず、妻の妹ら夫婦やその妹らの男らが自らが関わり働く浦添総合病院と隣接する敷地内にある食堂「ふく家」を経営する人物である妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、本件のケースではその親族の現役の警察官の実弟にあたる妻の妹の夫が宜野湾市真栄原の売春街『新町』の売春婦相手の違法なゲーム喫茶店をもうかれこれ十年以上も経営していながら、これまで一切警察権力の手入れが入ったことがないといういわく付きまであることに厄介な深さがある。
親族が絡む事件だけに、今日を限りにこのような事件が二度と起こらないようにしたい。
 浦添総合病院に隣接するその食堂「ふく家」の実態は、実は宜野湾市真栄原の売春街『新町』にある大きなゲーム機・喫茶店の支店。
しかもそのゲーム機・喫茶店が存在する宜野湾市真栄原の売春街『新町』通り街は、沖縄市の吉原や那覇の栄町辺りででも客商売を終えた売春婦らの元もとの古巣。
今年新町が一時的に閉鎖されたが、数十日か数ヶ月もすれば何ら変わらない状態に戻ることを裏情報などで知っている売春婦らは住居まで変えたわけではない。
売春婦らは今でもその宜野湾市真栄原の『新町』近辺のアパートやその一階にあるゲーム喫茶の上階などに住んでいるであろうことから深夜や朝方になってそこへ帰って来て一服することが出来る唯一のゲーム喫茶店、という事情があることから裏口は朝まで閉まることがないほど忙しく繁盛している。
案の定、昨日平成23年8月25日の早朝4時ごろ様子を見に行ってみると、「新町社交街」という通り名が大きく入ったゲート看板は撤去されてなくなってはいるものの、その売春街『新町』通りの賑わいの様子そのものは午前4時という時間帯にもかかわらずやはり相も変わらずで、タクシーなどの出入も激しい状態だった。
それと、そのゲーム機・喫茶店の名前が10月に確認に行った時のではなく、別の名前に変わっていた。
いづれにせよ、食堂「ふく家」を経営している人物と同一人物がその売春街『新町』のゲーム機・喫茶を経営している。
 その売春街の『新町』の通りのど真ん中で違法なゲーム喫茶を経営する同一人物が自らの妻を表向きの経営者として運営する食堂「ふく家」という店は、その実、表向き只の食堂店として運営することでその宜野湾市真栄原の『新町』のゲーム機・喫茶店で売春婦らが体を張った商売で稼いで集めて来たお金を目当てに、その売春婦らを相手にゲーム機や飲食などで遊興させ稼いだ金をいわゆる小学生の子どもでも普通に通える健全な食堂店との建前の形式だけの食堂で、宜野湾市真栄原の本店で売春婦などを目当てに儲かった金をこの食堂「ふく家」を通しマネーロンダリングしている見せ掛ダミー店である。
それはその食堂「ふく家」のキッチンで働く妻のもう一人の妹の男が去った十月に「月に20万も売り上げできないのに4人も働いている」「多すぎる」と話していたこともその食堂「ふく家」が『新町』の金を洗浄する店であることを裏付けてもいる。
 この二つの店。経営者が同じということであれば、私のように昔からその妻の妹夫婦らが経営するということで宜野湾市真栄原の売春街『新町』の店に出入りし、実際にその店を経営している姿を見たことがある者なら誰でも直ぐに気付くことだし、この二つの店が実は同じ経営者だということを妹から聞いて、見て知っている妻が知らないわけが無いから当然妻も十分承知しているはずである。
だから妻は、その事を直ぐに察するであろう夫の私に対してだけはその食堂「ふく家」のある場所も食堂の名前すら知らそうとしなかった。
妻とすれば、いかにそのようなお金といえども、その金が自らの肉親らの生活の糧であることには間違いがないことだから、「食堂を訪問するだけで、その全てを知ることになる夫にだけは知らせたくない」-と隠し通したとしても仕方がない。
「隠し通す」-そのためには、妻は夫の私や6人の子どもたちに対してだけは、浦添市内にあるその食堂「ふく家」の経営者と、その宜野湾市真栄原『新町』で売春婦らが体を張って稼いだ金を目当てにゲーム機・喫茶店で稼いでいる経営者と同一人物であることだけは最低限、ぼかしておきながら食堂「ふく家」が自立できるその日まで絶対に「隠し通す」必要性があったことになる。
だから、7月30日にその食堂「ふく家」の目の前の家などを徒歩でボランティアと放射が取れる浄水器の販売営業でローラー作戦展開で一軒一軒尋ね回った際、その「隠し通す」事への危機感が生じ、経営者である妹夫婦の夫の兄が警察官であることから「職を通じて」今でもその理由が飲み込めない翌日8月1日の浦添警察署・生活安全課からの再度の呼び出しに繋がったのではないか、と考えられる。
 そこで、そこまでしてその食堂「ふく家」を妻の妹らへ経営させることで違法な職業である売春婦らが稼いで来る金目当てで権力を濫用し稼いだ金であれなんであれ、その支店である食堂「ふく家」を通しさえすれば何の遠慮もなく収入としておおぴらに流用できるということを実行しながら、しかもその上、個人でボランティア活動をする市民運動家らの動向を知る情報料として入ってくるであろう警察裏金やみかじめ料なども一緒くたに公私混同し私腹を肥やしている輩などと、妻とその妹たちをも共に切り離し、更に妻と娘を伴にその暗い闇の中から明るい自由な場所へ戻してあげられるような具体的な取り組みをしたい。   
本村。
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 20:48Comments(0)TrackBack(0)子育て

2011年12月25日

内部被ばく防止運動 最新版チラシ

元気ですか読者の皆さん。

 少し前、「犯す前に犯すと言わないもんだ。知らせたら犯せない」-で更に深まった沖縄問題の真相解明。

去る8月12日にそれとまったく同じ内容のことを浦添警察署が我が家に対して実行していました。

しかも「女性センター」や「配偶者暴力相談支援センター」といった社会正義の器を悪用してまで。

もしかしたら、浦添警察へは防衛省や外務省辺りから何らかの要望があったのかもしれない。

うちなーんちゅ同士でそんな事をするのだから、復帰して一番そのあたりの人心が変わったのでしょうね。

以下は「最新版チラシ」の骨子ですので添付しますのでご覧ください。


内部被ばく防止運動 最新版チラシ



ブログも併せてご覧ください→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3846201.html
↓全員「皆勤賞」中
  同年/夏8月    |  長女・未姫が東京代々木の国立陸上競技場で行われた全国小           学生陸上大会で一位となり県初の全国制覇を達成し、新聞に           大きく採り上げられた。
  同じ頃       次男・眞理が県大学野球「殊勲賞」及び                   「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/10月    | 三男・自然の大学推薦入学が決まる。
  同じ頃       住宅立ち退きいやがらせ始まる

  同年/同月  |  次男・眞理が県大学野球「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/秋頃から| 長女未姫が取材やその他の打ち合わせなどが増えたせいで、             スポーツの優秀な子などへの子育てについてこれといった理念            など持ちようがない少年期の家庭環境で育ったことで、父親と            は違い今流行の”うざい”教育的指導を行えないことが娘から            すれば渡りに船で、都合良く、誰とでも当たり障りのない親、            との理由から、その母親と二人っきりで出かける機会が多くな            りだすことを陰ながら指示してくれる父親の配慮が、母親に            とっても、娘・未姫にとってもうれしいことが続く
その当時から また、少年期の娘・未姫とすれば、「父親の力は借りずにここ          まで結果を出せたんだ」としなければならない、或いは、そう          せざるを得ない状況に追い込んだ娘・未姫の父親との関係以外          での、周りの環境の災いもあったことは間違いない。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/16 | 沖商不動産がセーフティーネット制度での住宅手当充当家賃を            受け入れないことを理由に、セットでもある県社会福祉協議会            がその国などの制度資金を一切利用できず、後は振込みを待つだ           けの状態まで終えていた手続きが不承認となり、結果、支給手前          で打ち切られた。
同時期進行的に    更に、県社会福祉協議会のそのような状況から、市役所も見             合わが始まるようになる。(別紙、平成22年11月16日付け通知            書参照)
          総額=県社会福祉協議会分が2,208,000円+232,000円=2,240,730円           と、+浦添市役所分の住宅手当一年分48,000円×12ヶ月で576,000           円=3,016,730円が、まったく放棄させられた格好となる形に。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/28 |  長女未姫が国頭陸上競技場で行われた県民体育大会会場で、県            陸上連盟・教育団体から今年の全国一位になった優秀選手とし            て表彰された。
↓全員「皆勤賞」中
 同年/暮れにかけ |  子どもたちはというと、長女・未姫が市の広報などに数度も             紹介さてたり、小学校の学校新聞などに紹介され続けたこと             で母親と二人が急に忙しくなる。例えば、12月1日には市制             40周年記念市広報などの特集などでも再度登場するのと並行            して市のホームページにも市長や教育長と並んだ母親と一緒の            写真などが掲載されたり、雑誌などにも掲載された。
 同年同月頃     また、次男・眞理も新聞をにぎわすような大学野球での活躍             が続く。
※2011平成23年2月27日。以下の仮説をインターネット上で発表する。http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  
 ※2011平成23年3月3日(木)。本村安彦仮説から始まった沖縄タイムス紙スクープ↓
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「かでなで本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
↓全員「皆勤賞」中
※2011平成23年/3/11 ↓
    | 福島第一原発問題が勃発し、父親のこの17年来の核への専門         性が注目され、平和問題研究者や教育関係者などから招きを受         けるようになり、偶然とはいえ、生業・自営業の放射能除去可         能逆浸透膜浄水器が売れ出し、事業が軌道に乗り出す。
 2011/春3月 | 長女・未姫が、沖縄県児童賞を受ける。(平成22年度沖縄県生           徒等表彰、浦添市立港川小学校第6学年 本村 未姫)
↓全員「皆勤賞」中
 2011/春3月  | 長女・未姫が小学校の卒業式で小学校6カ年間無遅刻無欠席             の皆勤賞を達成。これで兄弟6人全員同じ港川小学校での珍            しい皆勤賞となる。
同年同月 更に、三男・自然が高校の皆勤賞も達成。(偶然に長男・安             聡と同じ高2の夏に一日だけ休んだが)これで12ヵ年間準皆             勤賞を長男に引き続き達成した。次男の12ヵ年皆勤賞達成           に加えると3人がすべて12ヵ年皆勤賞ということになる。
↓全員「皆勤賞」中
  2011/4/4 | 琉球新報紙で「本村家、兄弟6人全員皆勤賞」と大きく報じら            れ、ネット上でも「本村家」のヤフー検索ワードでのアクセス          数が1,500,000件を超えるほど全国的に報じられ、話題になる。
           (現時点では6,460,000件を超えている)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
※4月5日(4月8報道)→フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
※4月24日→沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。

↓全員「皆勤賞」中
※2011/5/17 ↓
        この日は、三日後の5月20日は、15年住んでいる我が家・貸し           外人住宅の家主の沖商不動産の嫌がらせ裁判の和解期日で、その           日までに百万円ほどの大金をその保証人に迷惑を掛けることに            なったお詫びをしに夫婦揃って行って来た。
※2011/5/20 ↓
        この日は本村家にとって、悪いことと嬉しいことが同時に起こっ          た日でもある。
同日 まず、悪いことだが、懸案住居立ち退き訴訟では和解案としてこ         の日までに90万円ほどの大金を一括で振り込む手続きをするこ           とと決まっていました。その日は時間までになんとかしはしたも           ののしっくり行かないような意地悪を相手の沖商不動産から脅し           を受けます。それはやはり後日になってからも尾を引き問題にな           ります。そこを間違うと家を追い出されてしまう羽目になってし           まいかねないような脅しでした。
それまで1年余も裁判で争った我が家・貸し外人住宅の家主の沖商不動産と裁判所提案の和解案が成立していて、その※5・24の4日前の5月20日(金)はその和解案最大の条件だった約90万円を一括で支払う期限日だったので期限三日前の5月17日にその分の支払い手続きを済ませ、当日20日に沖商不動産の代理人弁護士の口座へその支払先から直接振込みをしてもらい済ませた。
 (しかし実際には代理人弁護士から沖商不動産に渡ったのは休み明けの3日後で※5月24日の前日に当たる※5月23日(月)で、しかもその分には実は5月分が含まれていない可能性があることと、もしその5月31日(火)までにその支払いを本村家が怠ったら問題になることなどをお父さんが自分で直接確認のためにその期限日の可能性のある5月31日になって沖商不動産事務所まで来てはじめてその代理人弁護士からのその分の内容の入った領収書が沖商不動産へ発行されているのを気づいた。さらに本村家へのその分の領収書発行の日付もその※5月23日になっているにもかかわらずその旨の領収書を最終日の時間外に渡された格好になり翌日6月1日まで引きずることになる)
その直後、お母さんが沖商不動産事務所に直接行き沖商不動産からセーフティネットでの家賃受け取りに関しても同意書を取ったものの、しかし、後日になって市役所から書類様式の違いという単純なやり直し要求があり、又もやそのセーフティネット関連の書類のやり取りで二度目、沖商不動産事務所で同意書を再度もらった際、その5月20日期限の一括分には5月末日までには収めなければならないはずのその5月分の家賃8万円が含まれていなかったかどうかの確認が取れていないことが分かった。
住まいの安心確認のため、期限日の5月31日(火)に沖商不動産事務所に今度はお父さんが直接出向き提案者である裁判所などとの確認作業に入ったものの、この期限日の時間内はもちろん翌日6月1日(水)の時間内ギリギリになっても確認が取れなかったので解決策として万が一の場合を想定してそのあいまいな問題の5月分の8万円の振り込みを雨の中、ギリギリで済ませ、もし仮に、最悪なケースの5月20日が期限日の一括支払いの中に入っていなかった場合としても問題が起こらないようにとその裁判所の書記官やその他の関係者へ連絡し、解決し、今日に至っているなどがある。
(つまり、家宅捜索のあった※5月24日の前日の※5月23日の時点で、その一括支払い分には実は当月の5月分が含まれていない可能性があるのを沖商不動産は承知してたということになる。)
(その意味からすると沖商不動産は偶然か必然かは分からないがその※5月24日の家宅捜索の前日、 ※5月23日には何らかの意図があったことがわかる。)

同年同月同日 | そして嬉しいことというのは、長女・未姫が、当日行われた「少           年に夢と誇りを責任を、伸びよう伸ばそう青少年」がスローガン           の浦添市青少年健全育成市民会議の平成23年度第25回定例総会           で表彰される。
         表彰理由は「兄弟6人全員皆勤賞」であることや、更に長女・            未姫本人の陸上での当該種目県初全国一の功績が大きかったこと          で兄弟6人全員同じ母校の推薦で兄弟代表として表彰された。


        (そのおよそ一週間後の:5月28日には沖縄タイムス紙社会面の写           真付き記事で報じられ、話題になった)
しかし、その間の:
※2011/5/23↓
(住まいの安心確認のため、期限日の5月31日(火)に沖商不動産事務所に今度はお父さんが直接出向き提案者である裁判所などとの確認作業に入ったものの、この期限日の時間内はもちろん翌日6月1日(水)の時間内ギリギリになっても確認が取れなかったので解決策として万が一の場合を想定してそのあいまいな問題の5月分の8万円の振り込みを雨の中、ギリギリで済ませ、もし仮に、最悪なケースの5月20日が期限日の一括支払いの中に入っていなかった場合としても問題が起こらないようにとその裁判所の書記官やその他の関係者へ連絡し、解決し、今日に至っているなどがある。)
つまり、家宅捜索のあった※5月24日の前日の※5月23日の時点で、その一括支払い分には実は当月の5月分が含まれていない可能性があるのを沖商不動産は承知してたということになる。
その意味からすると沖商不動産は偶然か必然かは分からないがその※5月24日の家宅捜索の前日の                            この日※5月23日には何らかの意図があったことがわかる。
※5月23日→夕方、インターネット掲示板   http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  上で、今回のフクシマ現地の放射能雨の汚染量より、かつてのビキニ環礁での核実験による放射能雨が琉球列島に降り注いだ当時の琉球気象台の記録、17万カウントのほうがかなり凄い放射能汚染量であることを伝え、公表し警鐘を鳴らす。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。
  夜 → 住まいの家主の沖商不動産から立ち退きの要求が強くあったこと           で、数ヶ月前からそのことで取材を依頼していた新聞社の記者と           深夜まで電話を使いやり取りをしていた。経済的問題は家族の死活問題        にまで発展していることなどを話していた。これ以上のことが起きるな        ら、家族が生きてゆけなくなるなどとも。
       (そしてその翌日に、浦添警察署からわけの分からないような家宅           捜索を受け、そのことがその後四ヶ月以上も尾を引くことになっ           たことを、この日の前後に起こった出来事などと噛み合わせなが           ら考えてみるとこのときに本村家の家業を狂わす急な何らかの外           力が加わったのではないか?と考えてみてもおかしくないような           気もする)
        (と言うのも、こんなことがあったからだ。その家宅捜索のあった          24日の早朝六時半頃に、市内のお客さんから急に「タンクの水が           出ない。調べて直してくれ」との電話があり、急いで支度をして           七時頃お母さんの運転で二人出かけようと家の前の車に乗り込も           うとしたその時である。「ちょっと待ってください。この時間、             別の家宅捜索斑が裁判所へお宅の家宅捜索令状を取りに行ってい           て、その家宅捜索令状は今手にしていないので見せられないが、           今から何処へ?」と、突然現れた一人の刑事が尋ねてきた。それ           からすると、単純に考えて家宅捜索をするにあたっては必須で肝           心要な裁判官の捜索令状がその様な未入手状況だと言うことはこ           うではないだろうか。)
       (つまり、前の日の昼前後から深夜にかけて浦添警察署へ何らかの通           報なり、申し入れなり、権力者の強い要望が急にあったのではな           いか?ということだ。でないと「、、、捜索令状は今裁判所へ取           りに行っている、、、、」のところのつじつまが合わない。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

2011年11月3日追記:
※2011平成23年11月2日午前11時追記:
 那覇地方裁判所の民事室でお母さん名で申し立てたことになっている平成23年10月26日付、翌27日受け付けの「配偶者暴力に関する保護命令」申立て事件でのお父さんからの聴取の時分かったことだが、
実はお母さんは第三者のせいで、この時点ではすでにこの浦添警察署生活安全課とはお父さんの知らない厄介な関係になっていたということになる。
(2年以上前の、2009平成21年2月または3月にお父さんとの夫婦喧嘩の相談でこの生活安全課へ第三者の指示で行かされている。その時に一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けているぐらいの関係とのことになっている)
☆おそらく、この頃しきりに石川がお父さんを外の食べ物屋かコーヒー屋のエスプレッソへ呼び出していることから、浦添警察署から情報屋の石川へ連絡があって、お父さんが石川と会っている間にせいほうの兄なり、どこかの警察関係者がしきりにお母さんを過去の何らかの秘密を脅しのネタにして、呼び出していたのではないか。

同年11月20日頃相談とある。
  お母さんは上記の10月頃にあったとの夫婦喧嘩のことで、2009年(平成21年)2月か3月に浦添警察署で相談したときの情報から「配偶者暴力相談支援センターへ相談に行き、お父さんとの夫婦喧嘩について相談したことになっている。それで、その時の顔写真が残っていたとのことだから、「誰が一体何の目的」でお父さんも知らない本村家の母親の写真を撮って保管したあったのかが謎だ。
☆、おそらく、その時にも石川がしきりにお父さんを呼び出していたのでその時もお母さんを過去の何かで脅迫しながらお母さんへ「配偶者暴力相談支援センターへ相談に行くことを強制したのではないか。

だから、台所の窓向かい隣のギター教室の高校教師もいる兄弟がお母さんの気に入らない嫁さんか彼女かが一緒に住んでいる家の者か、或いは近所の誰かがおやじの大きな声を聞き、もしや家庭内暴力か何かかと勘違いした挙句警察110番通報したとしても、あるいはその記者本人が浦添警察署へ相談に行ったとしても、
※2011年3月11日。フクシマ原子力発電所から放射能が漏れる。      
※4月5日(4月8報道)。フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
※4月24日。沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。
、、、以上のような出来事が起こり、発覚していて、「核」問題の専門家として長崎放送のテレビなどに出演するなどのことが決まっていたお父さんへ言論弾圧の目的があったとしても、或いは「怨恨」などがあったにしろ当然、浦添警察署生活安全課が関わるのだからいずれにせよ、実は表向きの家宅捜索令状とは別に2年前のお母さんの相談の件もこっそりと含まれていたということになる。
☆おそらく、その時もお母さんは昔の何らかの秘密をネタにされていて、脅迫され、お父さんの仕事の内容をしきりに聞き出したのではないか。
なぜなら当時は市役所のロビーなどでもキャンペーンパネルを並べて訪問販売に対する弾圧を強めつつあったことから、格好の攻撃対象になり得る材料である長年「浄水器販売」も行っている点を中心に据えてお父さんの自営家業の仕事を辞めさせる目的で。
よって、以下はその点も踏まえて考察してみることとする: 
(略)
以上、ここまでは5月24日の家宅捜索までの経緯でした。   

  さて、私、本村安彦は、個人の立場で「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-を提唱しています。
それを疎ましく思っているという統治作用。
そしてその手先の情報屋と警察署やその関係者といった権力者らからの外圧。
知らず知らずのうちに親類縁者の中に存在する警察関係者がその親類縁者を介して本村家の妻をも精神的に追込んでいた。
 長年に亘り、その親類らを結果的には悪用していた警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
事件に対する警察権力の発信元といえば、まず先に警察関係の親族へ相談をする。
よって、妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、妻の妹の夫が売春街の売春婦相手のゲーム喫茶店を十年以上経営していながら、一切警察権力の手が入ったことがないということとも無縁ではない。
本村。

被害者の住所、氏名、職業、年齢
被害者住所 : 〒901-2134  沖縄県浦添市港川2丁目10番8号
被害者氏名 : 本村 安彦 58歳 外7人の合計8人(妻51歳・弘美/
長男27歳・安聡/次男21歳・眞理/三男19歳・自然/四男17歳・公平/
五男14歳・望/長女13歳・未姫)

被害者職業 : 自営・家業のリフォーム工事及び浄水器販売の営業
被害者年齢 : 子どもが13歳/14歳/17歳/19歳/21歳/27歳の6人に、
        加えてその両親が51歳/58歳の合計8人
被害内容:
 ①この20年余り、家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、自らが産み育てた六人の子の母親で、主婦で、一家の運転手役でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた。
その日から、自宅には二人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら五人が母親の扶養の義務から八日間も遺棄された。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からもその八日間遺棄された。
そして、その八日後の平成23年8月12日からは自宅に一人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら四人が母親の扶養の義務から四ヶ月余りも遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも夫は四ヶ月余り遺棄され続けている。
また、自家用兼自営家業用としての自動車も一台、肝心な唯一人の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がいないため四ヶ月余りも放置されている。
つまり、その五人の子どもたちは母親の扶養の義務から遺棄され、「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
その一方、本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の警察関係者を兄に持つその夫と、同じく【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のもうひとりの妹とその内縁関係にある男性らが経営する食堂「ふく家」では、その妹夫婦の妻方及びもうひとりの妹世帯の実の姉にあたる【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を急に家出・行方不明状態にさせた平成23年8月4日の翌日頃からキッチン等で働かせている。
 原因は、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の実の妹ら夫婦が十年以上も前に開業した夫に警察関係者の特捜刑事が兄にいて警察の手入れや事件などに巻き込まれたとしても恐いもの無しという理由と、儲かるという点で当時からすでに全国的にも「売春街」で有名な宜野湾市真栄原の「新町」通り街の真ん中でゲーム機・喫茶店をその売春婦を主な相手客として現在まで営み続け儲かったことに端を発している。
 二、三年ほど前。その売春婦相手の利益が大幅に増えたことともうひとつ、その妹夫婦の長子がそろそろ小学校に入学するかしないかの頃になるなどが重なり、どうしてもその「売春街」で儲かった利益をマネーロンダリング(洗浄)する支店を別の場所で同じ飲食店として開業する必要性が生まれた。
そこで浦添市伊祖で食堂「ふく家」として開業することになることと同時に、足りなくなる人手役の適役として浮上したのが今回同様、その二人の妹夫婦らの妻などの姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】だった。
 浦添市伊祖の食堂「ふく家」開業当時から経営する妹夫婦と、キッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らが浦添警察署と相通じて本村家の自営家業「金城本村リフォーム設計」から運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を家出をさせ、人手役にするために当時も以下のようなとんでもないことを行った。
 実は、その実の姉【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のことを妹夫婦らはもう何年も前から自らの夫や内縁の男性らに対してこのように思わせていた。
「兄弟姉妹の中で最年長の長女なのに、子どもが多いことをダシにしていて実家の用事や法事の手伝いにもあまり積極的でもないし、何もしようとしない。四女と五女は内地にいるからいい。でも、ねーねーは近くに住んでいるのに私たち三女と六女にだけ難儀をさせている」-と。
つまり、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】とすれば、子どもを六人も抱えていて子育ての時間しかなく、まったく時間に余裕がないことから、内心何かをしてあげたいけれど逆に迷惑をかけることになることは確実。そこで、どうせ最後まで責任が持てないことが分っているのであれば、尚のこと最初っからあまり積極的に参加しようとしないほうが逆に周りのためになるということの道理を、只、単にその実の妹らが理解できない、或いは無知ないことから起こる誤解が長年続いていたのだった。
 ※参考までに、これは家宅捜索があった5月24日の一ヵ月半前の4月4日付新聞記事の切り抜きです↓
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
 ※↓これも参考に付けますが、これは家宅捜索があった5月24日の直前当たる5月20日に、浦添警察署や各自治会などももちろん含まれる浦添市内の健全育成会でもある浦添市民会議の表彰を受けている娘の写真をその表彰の日から8日後の5月28日に沖縄タイム紙に掲載された時の写真記事です。途中、5月24日に家宅捜索があったのでその本村家の娘の表彰を巡って何か有ったのではなかったかと想像するにそう難しい事ではないはずです。これはその時の沖縄タイムス紙の記事の切り抜き写真です↓


 実際に六人の子どもの子育てを第一とする一方、普通の家の二倍はかかる出費稼ぎと子ども六人分の用事の多さで自分自身の本村家方の親戚付き合いすら出来ないほど六人の子の親・主として大変でもある上、「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】の立場でもあるといったような情況にたいし、実は自らもまったく経験がないことと、そして自らの実の親や親戚も含めて自らの周りに六人もの子を本村のようにきちんと育てた、というような情報や環境に恵まれなかったせいと、もうひとつ「両親揃った本当の家庭の味や姿」というものに対する無知や、その逆の嫉妬からか当時もそのことを口実にしてその「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を攻め、追込み悩ませ、いじめ、困らせ、苦しませ、わざとその事でこじらせ、夫婦のいさかいを意図的にさせた。
 つまり、「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の夫の警察関係者の兄やキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の唯一の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を本村家からいなくさせることで自動車運転免許証を保持しない「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】を困らせ、やむを得ず無免許運転をしたところを職を通じ浦添警察署へ通報し逮捕・拘留の目に遭わせ、一家八人の生活を支える本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」という事業所そのものを消滅させ、一家八人を通学どころか路頭に迷わせた挙句、二十年も続けてきた本村家の自営家業そのものの「職」を失わせようとした。
そしてその一方、なんと自らの食堂「ふく家」では、計略どおりならその大黒柱の夫も職も失うことになるはずの実の姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】をその食堂「ふく家」で「実の姉」ということで自動的に働かそうとした。
そして、自らの妻らに対する口実としてこれも加えた:
「もし、そうやっていじめることで、ちょっとした夫婦喧嘩程度のいさかいなどがあった時でも何でも直ぐに家出をさせてこっちで働かす。暴力を振るっていなくても構わない。『振るった』ということで夫の兄の警察関係者から浦添警察署へ警察官という職を通じてうそでも何でも作り話を大げさに通報させて女性センターなり、配偶者暴力相談支援センターなりを協力させる。そして一時保護の間に無免許運転をすれば浦添警察署へ通報し、逮捕・拘留させて本村家を潰す。もし無免許運転をしなくても半年やそこら保護命令まで出させて別居させ、仕事を出来ないようにさせる。そしてその間に離婚をさせる」ーと。
 (参考までに、上記のようなことはこの二、三年前にあったことだが、実はその頃に丁度あたる2009年(平成21年)の2月か3月頃にその浦添警察署へ夫婦喧嘩のことで実際に相談に行かされ「配偶者暴力相談支援センター」の存在や、「一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けた」と【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】本人が書いたと称する書類に確かに書かれてもいる)
確かにここ十五年~四、五年ほど前までには、それまで数度もその計略にはめられたとしか考えられないような無免許運転での逮捕・取調べを受けた経験をしたことがあったことから「もしや!」と常に頭には置いておいた。
だから、それ以降にあたるその二、三年前辺りの妻の家出での時などではすでに、この私「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】が「無免許運転をしたところを通報し逮捕・拘留」の目に遭わせようとする計略は通用しなくなっていた。
 そして今回も、急に家出をさせられた状態にある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がその妹夫婦の経営する店の食堂「ふく家」で急に、半ば強制的に、しかも今回は初めて実際に住み込みまでさせられて働かされている。
つまり、食堂「ふく家」とはまったく別の自営家業の事業所である「金城本村リフォーム設計」に対して平成23年8月4日の日から今日までの間、本村家の自営家業の共同経営者でもある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が背任加害者の状態になったまますでに四ヶ月と20日も経った。
 加えて更に、あろうことかその共同経営者でもあり、六人の子の母親で、妻でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた8月4日から八日後の平成23年8月12日からは遂に、この家の主の 本村安彦 が自動車運転免許証が無いために子どもたちの送迎が出来ないことから仕方なく、その家出中の唯一の運転手役の妻の 本村弘美 へ携帯電話などで連絡を取り、その時すでに自宅に八日間もその本人そのものに扶養されずに遺棄されていた状態の5人の未成熟子のうちの13歳の娘の夏休み中の陸上の合同練習会場である浦添総合グラウンドまでの送迎をその日も頼んだところ、
その場所までは連れて行ったとの情報は入ったものの、そのまま【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の妹夫婦とその夫の警察関係者の兄とキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて、ありもしない「本村家の5人の未成熟子のうちの13歳の娘とその母親が本日12日、浦添警察署と女性センター『配偶者暴力相談支援センター』へ相談に来た。本日8月12日、母親と娘に対して父親からDVがあった。だからその母親と娘の二人が本日12日付けで家出をしている。しばらく取り調べの必要があるから身柄を預かる」-などという”でっち上げ”のアリバイ工作を行って家出人捜索願いを提出までして心配し、探し回る父親を逆に犯罪者扱いして父親の元へ帰そうとしなかった。
結果的に、私たち本村家の家族からすれば母親が娘を拉致・誘拐させられ、罪を被った格好になって今日もその13歳の娘が家以外の場所で寝泊りをさせられ、監禁・軟禁被害者のままの状態となってすでに四ヶ月と12日も経った。
 まとめると、当初、その五人の未成熟の子どもたちは母親の扶養の義務から八日間遺棄され、その八日後からは一人の娘だけを住居も持たない身でありながら連れさせられ、放浪させられた挙句に面倒見をさせられる状態が四ヶ月と12日がっ経った。その一方、家に遺棄され続けている残りの中学二年生とその他の高校生や大学生といったその娘の兄ら計4人の未成熟子らはその母親の扶養の義務から四ヶ月と20日も遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも四ヶ月と20日も遺棄され続けている。
更に、もう一つの義務である「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての義務と責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
 このような事件の背景には実はこれまた警察絡みのからくりが存在していた。
 現在、その宜野湾市真栄原の「新町」通り街は、昨年から今年に掛けて宜野湾警察署が売春防止法取り締まり強化の一環で一大手入れをし、その「新町」の大方の売春宿を摘発したことによってその「新町」の売春宿そのものは無くなりつつある状態にある。
しかし、だからといって住所までは移る必要が無い売春婦らは中部や那覇などといった方々で稼ぎ終えると当然ながら自らの住居があるその宜野湾市真栄原の「新町」通り街界隈へ帰る。
そしてその帰る時間帯の深夜から朝方に立ち寄り、ゲーム機で遊興しながら食事や休憩をすることが出来るような店は実はその妹夫婦らが経営するその店たったの一軒しか存在しないことから24時間閉まる間が無いぐらいに忙しい。
つまり、それもこれも皆、警察の「取締り」や「絡み」のおかげで逆にその妹夫婦らの店が繁盛するようになっていることで余計に人手不足になり、姉を離婚させてまで手伝わせようと強く企んでいたということになる。

 では、5月24日に浦添警察署の生活安全課はでっち上げまでして家宅捜索をするなどと、何でそこまでこのいち個人宅へこだわるのかと言う疑問点では、
丁度そのころ、地元にある沖縄電力が実は、原発研究を7年も前からしている、-というような問題を浦添市民の各世帯へ知らしめんと盛んに新聞などの切抜きを配布していたお父さんの話題が市内の要人たちの場で沸騰したことで、狭い浦添、当然関係者で満杯。当たり前に沖縄電力の下請けから社員から親族まで多様に多く存在する。よって、「うるさい」-と、思ったのだろう。
 ※↓参考までに、これは娘が拉致された翌日に当たる去る8月13日夕方五時半に「沖縄の核兵器の実態とフクシマの原発問題」を絡めた内容の報道をしていたTBS「報道特集」に私、本村が米軍関係の施設の設計を長くやってきた「建築家」個人の立場で出演し、「沖縄の核専用貯蔵庫の存在実態」を証言した時の画像です↓(ちなみにこのシリーズでは5月24日の家宅捜索の六日後の5月30日には数年ぶりにNBC・長崎放送の「封印された核」という番組にも出演している




 そして、もうひとつは、浦添警察署生活安全課はお父さんをひとりで外へ出したあと、お母さんからだけ話を聞きたかったのかもしれない。その2年前のただの何でもない夫婦喧嘩のそのあとの情報がほしくて。何かの役に立てようと。
しかし、お父さんが自動車の運転免許証を持っていないことで、お母さんと切り離すことに失敗したからこそしどろもどろの家宅捜索になり、実はお父さんから庭で事情を聞くから、又は「外で写真を撮るから」などと表向きその時はお父さんからだけの事情聴取で終わらせたんではないだろうか。
しかし、2年前にお母さんがお父さんに隠れて夫婦喧嘩の相談を持ちかけさせられていたわけだから、実は家の中で約2時間もお母さんひとりに対して2~3人の捜査官がお母さんが何か隠していることことはないかどうか、お父さんを陥れできる材料がないかどうかの事情をしきりに聞いていたのではないだろうか。
だから、お母さんは、この2年の間に幾度もお父さんと伴に喜怒哀楽を過ごしてきたこととが合い矛盾することから、もう二年も前にそんなことがあって、一度もお父さんへ話していなかったやましさもあり、特に話がへたなお母さんはお父さんへ話そうにも話せなくて、だから、その日から数日の間お母さんはお父さんとちょいちょいおかしくなったんじゃないだろうか。
ふつうに考えてみたらそうなるだろう。2年前にはすでにお父さんは夫ではあっても蚊帳の外だったんだから。
そして、その家の中では実は恐ろしいことが行われていたのではないのだろうか。
実は、お母さんを数人がかりで無理やり了解させ、ありもしない家庭内暴力がないのかどうかや、早くこの商売を止めるよう、あるいは言論ボランティアを止めるように勧めるなど、当然ながら捜査と称して屋内の隅々までプライバシー侵害まで犯しながらあらゆる写真を撮って帰ったのではないだろうか。)
以上、ここまで2011年11月3日に追記した。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

 そして以下は、先だって那覇地方検察庁へその食堂「ふく家」の経営者を被告訴人として刑事告訴した「告訴状」の抜粋です。参考までに添付しました:
告訴状
(略)
  那覇地方検察庁 殿

   一、 告訴の趣旨
 平成23年9月5日午前10時ごろに被害届を携え、浦添警察署一階にある地域課へ提出。
 しかし、別の課の生活安全課の伊礼と名乗る者が突然現れ、「被害届」との表題を見るなり「こんなものは受け取れない」と拒んだが、そのまま置いて帰った。
 その後、11時41分丁度にその浦添警察署生活安全課の伊礼という課長から電話が入り、こう言いました。
「今朝の被害届にある刑法違反は該当しない。例えば”遺棄罪”だが、運転免許を持たない主人の夫が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく家で、その家に子どもが4~5人いて自営家業を家で唯一人の運転手役の共同経営者で母親が一ヶ月家に帰らず遺棄しようが、”遺棄罪”にもならない。運転免許取ればいい。だからこの被害届を取りに来なければごみ箱へ捨てる」との内容でした。
 その後、浦添警察署だけでは子どもたちの安全は守れないと判断し、その後は県の県警本部と両方へ被害相談をすることにし、即刻提出しました。
しかし、それから一ヵ月半。何の進展もありませんので平成23年10月5日に那覇地方検察庁へ第一回目の告訴をしました。
(略)
また、その間の平成23年8月12日からは、その日までは遺棄・放棄状態にあった自らの事業所兼自宅に残り住む5人の未成熟子の内の13歳の娘一人を被告訴人の意図の脅迫が元で拉致誘拐までさせられています。
 強制的に働かされ始めた平成23年8月4日当初、当時も低迷していた食堂「ふく家」の売り上げをなんとか好転させようとの被告訴人の狙いから始まったその本村弘美にとっては一種背信・背任行動になってしまったささいなアルバイト的「食堂のキッチン手伝い」という軽い教唆的所為が、いつの間にか途中の平成23年8月12日の翌日あたりからは、とうとう当時浦添市役所の広報、そして新聞やラジオで評判になっていた告訴人・本村安彦の13歳の娘・未姫(みき)を「広告塔」役として利用する目的に発展してしまい、その娘を拉致・誘拐軟禁・洗脳までさせられるはめに妻で母親の本村弘美は陥れられてしまっています。
すべて被告訴人の脅迫が元とはいえ、本村弘美は本来の「妻で母親の本村弘美」自らのその事業所へも、またその事業所を兼ねる自宅へも、戻ろうにも戻れず今日現在も遺棄・放棄させられ、家に残る4人の子どもに対する教育を受けさせ続ける義務と責任などの監護義務や扶養の義務と責任が果たせず、中学校や高等学校、そして大学へも直接的に迷惑を掛けてしまって悩み苦しむことはもちろん。夫同様、自らも共同経営者でもある自営家業の顧客およそ100件に対するアフターサービス義務すらも果たせず、その事を要求する夫や子どもたちの要求を拒否せざるを得ないといった異常な状況にほとほと困り果てています。
また、その自らの自営家業や家庭の債務などの債権者らに対し、夫と共同責任債務者として事業を継続し、債務整理しなければならないなどといった社会人としての当然で当たり前の社会的責任まで怠っています。現在その100件のお客様へまで迷惑がかかっており、その責任も取りようもないことはもちろん、夫との同居義務も果たそうにも果たすことが不可能な状況下で苦悩しつづけています。
  以上、被告訴人の上記のそのような所為は、刑法224条・225条~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任罪教唆)刑法第217条~218条(遺棄罪教唆)の被害を及ぼした。
特に、略取及び誘拐幇助や遺棄罪と背任罪の教唆については深刻であります。なにしろ被告訴人の経営するその「ふく家」という食堂には本村弘美の実の母も当時は関わっており、現在も実の妹らが働いています。その親族は告訴人の妻の本村弘美が過去20年以上に亘り、運転免許を持たない夫で告訴人の私が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく事情や、夫婦自らが営む事業所兼自宅では未だに妻の本村弘美自らが産んだ5人の未成熟子も抱える母親でもあることなど百も承知の上での誘拐や背任。そして遺棄を脅迫し、強要しているという妻の本村弘美の持つ家族全体に対する悪意があることになるからであります。
つまり、被告訴人は本村弘美の抱えるそのような事情を知っていながらその事実を無視する形で採用手続きを経て働かせようととすることすなわち犯罪未遂そのものに該当するし、しかもそれを実行してすでに3ヶ月と半月が経っているということです。よって当該被告訴人を厳罰に処することを求め告訴する。

   二、 告訴事実
  被告訴人は平成23年8月4日午後2時頃、沖縄県浦添市港川2丁目10番8号の本村家の住宅周辺で、当時精神的に落ち込んでいた本村家の主婦の本村弘美を呼び出し連れ去った。
以来、その六人の子どもの実母で妻・本村弘美は、今日現在もその6人もの子どもたちの実の母である本村弘美そのものを捨て去ってしまった拉致誘拐罪と背信・背任罪及び遺棄罪を背負わされたということになっています。
  被告訴人は平成23年8月12日午前。沖縄県浦添市港川2丁目10番8号の本村家の娘・13歳を、先の平成23年8月4日に連れ去ったその娘の実の母親である本村弘美を使い、午前08時18分頃浦添総合グラウンドの駐車場の車内でそそのかし拉致誘拐軟禁させ、現在までその娘を家へ帰えさせていない。
  被告訴人は平成23年8月19日午後四時頃、故・実母とその娘たちが働く「ふく家」という、食堂という、(本村家の自営で家業の仕事はもちろん、本村家の日常生活でも運転手が役目のはずの母親が、この8月19日の15日前の8月4日から行方をくらましっ放しで自分の家族への扶養の義務を遺棄させられ、自分自身の家族である本村家へは損害を与えて居ながらの状態で)本村弘美自身の家業とはまったく別の被告訴人の経営する職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
また、同日同時刻にその被告訴人の経営する食堂の「ふく家」でこんな脅迫を目の当たりにしました。
妻の本村弘美は家業の仕事を遺棄する一方で、自らの実母も当時も関わり、現在も実の姉妹らが働くその食堂「ふく家」のキッチンカウンターで働いていたのを初めて発見したときのことです。
発見し、即座に店内のテーブルの一角で二人っきりで話し合い、早く戻るようにと説得をし、妻の本村弘美が家へ戻る二つの条件①酒を飲むと追求で口やがましくなるから酒をを止める。②今回の事などを含めてごちゃごちゃ言わない。深く追求しない。を言い出したのでそれを書面にして渡した。それをきっかけに本村家へ帰ることが決まった矢先、夫婦で真剣に話し合いをしているそのテーブルへ妻の本村弘美の実母の故・島袋照子がいきなり割り込んできて妻の本村弘美を睨み付けて突然こう言うのです。「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」とまくしたてました。(小ぶりの店内の二つ向こうのテーブルにはその実母と、あと二人の妹が座って様子を伺っていたが、夫婦でまとまった事を知ったその実母が一人立ち上がって二人のテーブルへ来た状況です)
これを脅迫・強制と言わずして何というのでしょうか。
おかげで、まとまり掛けていた自分の家へ戻る話を妻の本村弘美は口ごもりはじめ、せっかくの円満な話もその場では直ぐにはまとまらなくなり、翌日の朝まで返事を待つことにはしたものの、それ以来今のような状況が続いています。
※この店へ行く一時間前までは、その妻の実母の故・島袋照子へ電話をかけ、「お母さんが間に入って仲裁してくれませんか?」と仲裁を持ちかけたが、「私はその気はありません」と断られ、仕方がないので自分ひとりで店に居る妻を見付けた経緯があります。
  
  被告訴人は平成23年9月5日頃、告訴人がこの日の午前中に浦添警察署生活安全課へ提出した被害届の内容に対して「被害届にある刑法違反は該当しない。例えば”遺棄罪”だが、運転免許を持たない主人の夫が喘息でほぼ一日おきに立って歩けないことがつづく家で、その家に子どもが4~5人いて自営家業を家で唯一人の運転手役の共同経営者で母親が一ヶ月家に帰らず遺棄しようが、”遺棄罪”にならない。運転免許は取ればいい」というような浦添警察署の不当な結論を導くようなうそ・狂言などの情報を意図的にその浦添警察署生活安全課へ提供し、正当ないち市民である告訴人の権利行使を妨害した。
 また、その後、浦添警察署だけへかと思ったら、県の県警本部の両方へも被害相談をしたいち市民である告訴人の正当な権利行使に対しても同じようなことを意図的に行い妨害した。
  被告訴人は平成23年9月15日。故・島袋照子の娘たちが働く「ふく家」という被告訴人の経営する食堂の職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。 
  被告訴人は平成23年9月21日。またまた故人・島袋照子とその娘たちが働く「ふく家」という被告訴人の経営する職場でその本村弘美を働かし、被告訴人自身の家族は利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
  被告訴人は平成23年9月25日。中学校の運動会の昼食時間に本村弘美が、本村家の中2の五男や父で夫の告訴人を無視させられ、その一方、被告訴人の経営する食堂「ふく家」で働く本村弘美の実の妹らの家族大勢へは本村弘美自分分自身の家族への弁当は用意させないでおいて、その同じ学校内の同じ場所へ被告訴人らの家族分の弁当をこしらえさせ、携えさせ振舞わさせて被告訴人の家族が利益を得ているのを告訴人に目撃されている。
 被告訴人の、前記行為は刑法224条・225条~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任罪教唆)刑法第217条~218条(遺棄罪教唆)に該当するので、被告訴人の厳重な処罰を求めます。そして、ここに告訴いたします。

   三、  立証方法
     1   参考人  娘のコーチ
     2   被害者  次男
     3   被害者  三男
     4   被害者  四男
     5   被害者  五男
     6   被害者  長女
     7   被害者  妻

   四、  添付書類
       今日現在までの被害届やそれにまつわる一連の文書一組。


沖縄県浦添市港川2丁目10番8号                        告訴人 本村安彦                                自宅電話番号:098-876-5536携帯電話番号:080-4279-3124番または098-876-5538番
以上、「告訴状」から抜粋した。
 自営家業の共同経営者でしかも唯一の運転免許保持者の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が急に家出と背任、そして娘が拉致・誘拐され監禁・軟禁状態になったことで、自動車を使用して行われる営業活動の損害や損失からその拉致誘拐されたままの娘との連絡や相談といった事件解決へ向ける行動が著しく制限されることはもちろん、普通の市民生活のすべてまで、ーといった現代の生活水準の享受そのものがその自動車が活用できないことで家に残る5人の家族が運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】へ遺棄されている今日までのすべての被害:
 今から25年前の結婚当初の頃は従業員を数名置くなど、夫婦で自宅とは別の場所で設計事務所を経営しておりました。そしておよそ15年ほど前からは現在のように自宅にて普通自動車運転免許証を保持する妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】と運転免許証のない夫【店主で父夫の本村安彦】のたった二人で共同で個人家業を営んできている。
ところが平成23年8月4日の昼、自動車を用いて行われなければ仕事自体はもちろん、市民生活といった暮らしそのもの自体がこの沖縄では成り立たないにもかかわらず何の前触れもなく突然急に【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者の指示で家出をさせられたその日から今日まで約四ヶ月余りになる。
しかも児童生徒を含む7人の大家族を抱えての自宅での個人家業を車無しでは買い物すら不自由するような、車社会で有名な街でもある浦添市内の港川地域の住宅街で暮らしているのだからなおさらひどい状態といえる。
 一般的に、普通自動車免許の再取得のためには自動車教習所へ通う必要がある。
そして、4、50代で職と子を多く抱え持つ世帯主の場合の普通自動車運転免許証の再取得期間は最低でも3~6ヶ月はかかるものと想定されている。
それに加えて費用の二十数万円を前もって用意し、準備する必要もある。
 しかしその方法とは別の方法もないことないではない。
これはよく「1、2週間もあれば免許なんて直ぐに取れる」という話を耳にします。しかし、過去に免許を持っていて再取得を目指すような者にとってはそんな非現実的な話など到底あり得ない。
と申しますのも、それは俗に言う「一発勝負」と呼ばれる公安委員会の自動車免許試験場で直接試験を受けて普通自動車運転免許証を得る方法の場合を指しているのですが、確かにその試験というのは毎週、或いは隔週に一度試験を受ける資格を与えられはするものの仮運転免許証を取得するだけでも半年もかかりますので逆に時間がかかる。
ちなみにこれは14年前の私自身の実際の体験なので間違いない。
 話は戻りますが、普通自動車運転免許証を保持する妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が突然にいなくなったことで取り残された夫【店主で父夫の本村安彦】をはじめとする運転免許証を持たない7人もの家族の四ヶ月余りに亘る生活を破壊しているばかりか生活の糧を得る大切な仕事そのものまで一切出来なくなり廃業の事態に追い込まされることは必至。
ですから、妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のそのような行為が仮に本人自らの意志で行った故意の行為ならもちろんのこと、あるいは第三者で加害者に因る脅迫や強制的な指示の影響だったとしたら、悪意そのものですので刑法によって罰せられなければならないことは必然だといっても過言ではない。
当然、運転免許がない夫【店主で父夫の本村安彦】だけ特別扱いされ、二、三週間で普通自動車の運転免許が取得出来るわけがない。
今日も営業用兼自家用普通自動車自体は目の前にあることはありますが、妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が行方不明で家出状態が続いていることで自動車活用が必至な交通事情のこの沖縄で7人もの家族が暮らすには最低でも1台の自動車を自営業と生活で兼用する必要があることは言うまでもない。
それは何も自営業と生活で兼用しなければならない我が家のような事情がある自宅兼事業所のようなケースに限らず、沖縄では一般的なサラリーマン世帯でさえ最低でも一家に1台の自動車が必要です。また時々発表される調査データでもそうなっている。
にもかかわらず、我が家ではもうすでに四ヶ月余りもただの一台でさえ利用できないような被害状態が現在も続いている。
 以上が被害内容の概要となっている。
 国民一人ひとりは憲法によって保障されているはずです。最低限度の生活水準として近現代では特殊な事情がない限り自動車を活用して得る豊かな生活の享受も保障されているはずです。
しかし、実のところこの7人家族の我が家ではこの四ヶ月余りその憲法の保障が全くない。
その状態がすでに四ヶ月と8日が経過した現在もその状況に変化がない。
一家7人の国民的な暮らしと、自宅自営家業の仕事が遺棄されていることによって起こっている様々な被害の内容が今日まで重なり続けている。
 ところで、こんな脅迫を目の当たりにした。それは去る平成23年8月19日の夕方4時頃に、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の実母の故・島袋照子と姉妹の志良堂ちあき及び金城香が共同運営している食堂でのことだった。
妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】は突然蒸発する手段で持って家業の仕事を遺棄させられる一方で、自らの実母や実の姉妹らが共同で運営する食堂のキッチンカウンターで働かされていたのを発見し、
即座に店内のテーブルの一角で二人っきりで話し合い、早く【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の状態に戻るように説得をし、その【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】自身が戻る条件を言い出したのをきっかけにまとまりかけていた矢先、「本村家」の問題を夫婦で真剣に話し合いをしているその場へそれまでここ二十七年余り我が家、本村家の自営家業の実態と、生活の実態などまったく知りようがない立場の妻の実母の故・島袋照子が割り込んできて【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を睨み付けて無責任にも突然こう言う。
「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」とまくしたてた。
そうやって暴力を振るわれた訳でもないようなまったく何の正当な理由も無く嫁にやった娘の嫁ぎ先の主の家業と家庭を放棄・遺棄している姿を更に続けさせる目的で脅迫をした。
おかげで、まとまっていた家へ戻る話を、結果的にはそのような理不尽な脅迫までするような母親をそうとは知らずわざわざ呼び出してまで家へ戻る話を続けようとする妻の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】は急に口ごもり家へ戻る話を撤回し始めた。
そのせいでせっかくの円満な話もその場では直ぐにはまとまらなくなり、翌日の朝まで返事を待つことにはしたものの、それ以来も今のような状況が続いている。
※この店へ行く一時間前までは、その故・島袋照子へ電話をかけ、「お母さんが間に入ってくれませんか?」と持ちかけたが、「私はその気はありません」と断られ、仕方がないので自分ひとりで店に居る妻を見付けた経緯もあったことからすると、
やはり、かつての自分が27年も前から達成しようにも達成出来なかった子どもを六人も抱えながら一生懸命生きているいち夫婦の一連の生きざまや様々な営みに対する自分自身での経験が無かったことと、そして自らは乗り越え切れなかったことを乗り越え、やり貫いて生きてきているような本村家の人生観に対する無知からくる年下の娘の夫に対するどうしようもない嫉妬が災いし、通常、正常な状態では考えられない言動としか言いようがない感情からつい、「これだけの大騒ぎになって、『はい、二人で話し合ったから家に戻る』?そう簡単にはいかないんじゃない!?」と迫り、更に、「もしあんたが、本村家へ戻るなら親子の縁を切る。そこに居るちあきと香との兄弟姉妹の縁も切らす。だから戻るな!!」ーなどとまくしたてるような結果の言葉を口に出てしまった。
それは、本村家の主の私にすれば只、実娘夫婦に対する侮辱以外のなにものでもなかった。
以上
(略取及び誘拐、脅迫、背任、遺棄)詳細は下記次項以降の「被害の模様」の(1)を参照のこと。

 ②夫婦に五男一女、子ども6人で合計8人一家で唯一人の末の娘13歳で中学1年生の未姫(みき)が、平成23年8月12日の午前に拉致・誘拐されて以来、本日(平成23年12月14日)で4ヶ月と2日がすでに経過していて、そのダメージは計り知れない。
例えば、生まれてこのかた13年間、学校行事や、父親など両親を伴うような旅行以外では一度たりとも家を空けたこともなく、去る3月・春の小学校卒業式では6ヵ年間無遅刻無欠席賞を受けている。そんな娘・未姫(みき)の持つ大事な徳性が失われてしまったことのショックは自らはもちろん、一家全員の今後の人生で大きな損失となることは間違いない。
また、このまる四ヶ月間、一家で唯一の車の運転手役でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者で加害者の指示で家に居ないことで仕事も収入もまったくないことから支払わなければならない子どもたちの学費や部活費用、そして日々の生活用品などのお金が滞ってしまっている上に、毎月引き落とされる学校関係の支払いが常に残高不足となっており、現在間違いなく娘がクラスの教壇からクラスメートの衆目の中で請求書を持たされ、うなだれているであろうことがすでに分かっていてふびんである。
また、夏休み中の拉致誘拐から学校が始まった8月の末頃には、何処からともなく通う中学校の廊下を級友らと雑談をしながら歩いている最中の妹に対し、一つ違いの同じ中学に自宅から普通に通う中2の兄望(のぞみ)に「早く家へ帰ってこいよ~!!」と拉致誘拐されて以降常に声をかけられ、自分が家を出てしまっている理由が実はやむを得ずうそで塗り固められていることの本当の理由をまったく知らないことから仕方なく、自分勝手に正当化してしまっていて、只「家出している」-とだけしか説明がつかなくて困っていることを級友に知られてしまうのが怖くなって黙って見て見ぬふりをしてしまっている様子をその兄の望(のぞみ)から毎日報告を受けている。
原因は、そんな人倫に反するようなことが起こっている事など全くお構いなしの非人間的な第三者で加害者が引き起こしたこの拉致誘拐事件が原因だ。
取り返しのつかないこの心のひずみをいかにして自分自身で修正し正してゆくのだろうか。はたしてこのままの状態でどのような娘に育つものだろうか、などと心配は募る一方だ。詳細は下記(2)、(3)及び)(4)を参照のこと。

 ③五男の14歳で中学2年生の望(のぞみ)は、拉致誘拐され続けている妹の未姫とは一つ違いということもあり、生まれたばかりの頃から家に居るときだけではなく幼稚園と小学校、そして少年野球といった地域活動の頃から現在の中学校までづ~と一緒だっただけに、伴に家や傍にいて当たり前の妹が傍に居なくなったことでショックが増幅しきっている。
例えば、平成23年9月8日の午後。生徒正面玄関吹き抜けの一階から三階の渡り廊下を行く妹の姿を見かけ、思わず「お~い未姫~!家に帰れよ~!! 」と周囲の目も気にせず叫んでしまったようだ。普段は照れ屋で、おとなしいこの直ぐ上の兄・望のそのような行動を望自らが声を弾ませて語る姿にはさすがに驚かされた。、、、お母さんに自分だけは捨てられ、妹はそんなお母さんと一緒。望(のぞみ)は一体今もどんな気持ちだろう。
加えて、妹同様に毎月分の支払いができないことと、しかも中二の望の場合は去る10月14日までには修学旅行費74,000円を一括請求されていて支払うことが出来なかった。それもその第三者で加害者が引き起こしたこの事件のせいで家業が出来ないことから全く目処がたたなかったことが原因だ。上の兄4人は皆なんとかかんとか支払って参加させることができた中学校の大事な修学旅行だっただけに、準用保護となってしまったあとの就学援助で数千円しか支払えなかったことをいつかは伝えなければならない状況がやってくるとしたら、妹の未姫(みき)同様、学校校納金の請求書を持たされるだけで収まらないことからなんと詫びようかまったくのところ親として恥ずかしい限りである。
きっと、上の四人の兄たちが中学生の時代はこのような目に遭ったことはなかっただろうに、不公平だ、などと考えてはいないだろうか、心配である。
 ④四男の17歳で高校3年生の公平(こうへい)の場合は一番運が悪く、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示の下、一人で家出をした平成23年8月4日は、おりしも翌日に控えた大学のAO入試申し込み書類準備の最終日で、しかもその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親がそれまではきちんと相談役を引き受け対応していただけに惜しまれる。
また、当然にその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親とは受験費用の三万円の支払い相談ももちろんのこと、月々2万円足らずの小額とはいえ公的機関からの奨学金での学費応援が毎月ある中、滞納してしまっている数か月分の学校校納金およそ5万円余りなど、それらをすべてを第三者で加害者の指示で投げ捨てさせられて家出をした【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親の事情があるとはいえ、その無責任さに対するショックは、上の三人の兄のときは一切そんなことは無かっただけにかなりなもんだったようである。きっと、自分の名前の由来のとおり公平不公平を一番敏感に感じるだけに心配だ。
例えば、事件当初のその日から二十日後の高等学校推薦での大学入試一次試験合格のささやかな家での祝いにもその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親は家に居なかったうえ、9月10日当時に迫っていた大事な最終試験の二次試験の日の時でさえその【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が家に居なかったのだから、自分がその二次試験に合格した後直ぐに支払わなければならなかったおよそ45万円の入学金の準備でさえまったくもってできていなかった時の様子がうかがえる自分の両親の顔色を見据えているようだった。
更にこの高校3年生の四男公平(こうへい)の場合、現在家に残っている上の兄二人は19歳と二十一歳という年齢のいずれも大学生であることから、高校生の自分のすぐ下で未だに中学生の兄弟姉妹の未姫(みき)と望(のぞみ)とその二人の大学生の兄とでは歳が離れすぎるギャップがあることから、普段からその中学生の二人に一番歳が近い兄として面倒見役を自ら買って出るなど、家庭生活では仕切っているだけに今度の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示の影響の下、唯ひとり家出をしたその日を境に、買い物や家事、そして洗濯物係りの弟の望へ指示を出しながらの家事全般に亘る面倒を見てもらっている。
特に、平成23年8月12日に妹の未姫(みき)が拉致・誘拐されるまでの8日間は母親の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が第三者で加害者の指示で只一人家出をしていたのだから、拉致誘拐される前のその妹・未姫(みき)へも皿洗いや台所係りなどを母親に代わってしっかりとするようにと、自身が率先してやって見せるなどときちんと面倒見役をこなしていた。
当然に、妹・未姫(みき)は弟の望(のぞみ)とは明らかに違う女子なんだ、ということへの神経も使いながら。
妹の未姫(みき)が拉致誘拐される以前からそうだが、
この四男公平(こうへい)の通う学校独特の生徒代表による学校行事の練習をこなすことはもちろんのこと、それ以降、或いは当時の一次試験以降からその後の二次試験に向けた学校での面接練習から、入試後に仮にでも落ちることがあった場合のような最悪なケースなども想定し、その時に向けた課題自習をすべてこなしながらも【店主で父夫の本村安彦】で父親が車の運転が出来ないことで、徒歩で仕事や用事を済ませていて家に居られない間、あるいは徒歩のため、自動車の運転さえ出来れば数十分で終える用事も数時間かかるなどの関係から時間が無くて家の用事が出来ないようなときのサポートから、
かつての現在の高校へ入る前の中学三年生の頃からさえも、子沢山貧乏で他の周辺家族よりは明らかに苦しいはずの家計を察知しながらもその高等学校は野球部推薦で入学した関係でアルバイトができなかったことを気にし続けていたこともあり、今年高校生活最後の夏の大会が終わった後からは積極的にこの【店主で父夫の本村安彦】の仕事の手伝いまでを文句一つ言わずにこなしてきた。
この四男の公平だが、その後、その二次試験で落ちてしまったものの、しかし、その後の「課題小論文試験」に合格しめでたく大学入学の切符を手に入れた。
それにしても今度のこの問題に対する心の中の葛藤はいかばかりのことだろうか。計り知れないものがあるように思える。
そんな公平(こうへい)だけに明後日の平成23年12月16日までにそのやっと掴まえた大学へ支払いを済ませなければならない入学金566,160円は果たしてやりたい。
しかし、これは信じがたい話だが、今から10日ほど前の11月30日の水曜日に合格通知を受け、翌日の12月1日の金曜日には早速指定金融機関の労働金庫へ家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が申し込みをしたところが、なんとその申し込みから一週間も経った支払い手続き期限である来る12月16日金曜日にあと一週間と迫った去る8日木曜日なって拒否されてしまった。
その後、家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】はその足で翌日9日金曜日に慌てて国の金融機関である沖縄金融公庫へ出向き国の「教育ローン」の相談をしたところ、そんな急には必要書類が揃えなくて週末を挟んだ12日月曜日と翌13日の火曜日の昨日に申し込みを終えはしたもののあまり言い返事ではなかったと家出中の妻【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】から伝わって来ている。
そして、その翌日にあたる本日、平成23年12月14日現在。
我が家の全財産は残りわずか3万円弱のお金しか残っていない。
ましてや入学手続き期限の平成23年12月16日まであとたったの二日しか残っていないにもかかわらず今日現在未だにその566、160円の目処どころかここ数日間の生活費でさえも、そしてその入学金の一円のお金の目処さえ立たない状態が続いている。
今日こそは必ずやせめてその四男・公平の大学への支払いの目処だけでも獲得し、あと二日以内には必ずや入学手続きを終え、来年からは晴れて大学一年生としてで頑張ってほしいと願って止まないが、現実は絶望的だ。

 ⑤三男の19歳で大学一年生の自然(しぜん)の場合もこのところ不運続きだ。例えば、大学入学が決まった昨年の十月にはすでに野球部の最終戦が終えていたことや、年齢が自動車運転免許が取れる早生まれで満18歳に達していた高校三年生生活だったこともあり、早めに自動車運転免許証を取らせなければならないと、アルバイトを始めさせ、一家としても当初のころの昨年暮れごろまでは家計の中からある程度の費用を応援できていた。
しかし、今年に入って不景気が続いたことで運転免許の費用として稼いでいた月々約3~5万円は、今度の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が第三者で加害者の指示とはいえ不況の最中一人で家出をさせられた後も、泣きっ面に蜂じゃないが私【店主で父夫の本村安彦】はそのせいで全く稼げない、などという事情を知っていて、野球部推薦ではない推薦で大学入学した関係から入学後は必ず野球部に入部しなければならない条件がないこともあり、その大学に入ってからも続けられたアルバイトのお金はづ~と今日に至るまで家全体の生活費に使わせてもらっている。
おかげで、この三男自然(しぜん)だけは家に残る兄弟の中でも唯ひとりだけ自身のアルバイトのお金を自分自身の運転免許の費用にさえ使えない状況が続いている。そのせいで、8月あたりには仮運転免許は通りはしたものの、その第一段階の最低限度の費用約11万円余を全額納めることが出来ず、本免許へ向け自動車練習場へ通っている最中でもある。
しかし、その自動車練習所の取得期限である今月末までにお金が間に合わないことが分っていて、なんともやるせない状態が続いている。
 更にすでに届いている大学の後期分405,000円の納付書の期限が去った9月30日となっていたのを延長してもらっているその上、これも去った12月9日までだったその延納期限を更に今回再延納申請許可をしてもらった最終的な期限の来年3月15日までの期限内に支払えないことが厳然としていてせっかく新たな夢と希望に向かって胸を膨らませて入ったばかりの門出である一年次で除籍されることが明らかになっていて分かるこんな事件の最中。アルバイトでがんばって家計を応援しておよそ一年半が経過しても未だに運転免許取得の費用の残り16万円を納めきれないでいる中でいかにしてその事実を伝え、その三男と伴に働き蓄えながら絶望的なその費用をまかない、県立高等学校からその大学への推薦や社会福祉協議会などといった公的機関及び地域の民生委員などの社会の機構が工面してくれた入学金で入学応援してもらったせっかくの大学一年生の後期分を納めきれるかが勝負どころだ。
加えて入学後は月々の修学費用をこれまた公的機関奨学金の世話になっている最中、今後その専門の学問への精進のモチベーションをいかに維持させ、続けさせようものか心中を鑑みると悩みは尽きない。
加えてこの三男の自然(しぜん)、最近は、第三者で加害者の指示で一人で家出をした【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親の時や、その8日後に妹の未姫(みき)が拉致誘拐された当初の頃にはあまり見られなかったような心の変化の動きも垣間見られるようになってきているようである。心配だ。
 また、この三男、大学の入学当初の頃までは少年野球から鍛えてきたガッチリとした体格が、未だ19歳という若さなのに、ここのところみるみる細くなる一方で、精神的な面も含め、身体面でも不安が尽きない状態が続いている。
 ⑥次男の二十一歳で大学三年生の眞理(しんり)の場合は、この事件の始まりから現在までの余波及び今後の展開次第ではややもすると幼い頃からの夢だった大学野球を経てのプロ野球選手という大きな目標の中の一過程では特に近年、一番に大事と言われている大学野球選手で活躍してプロの選手、ーという夢をも奪いかねない。
つまり、大学一年次の三男の自然(しぜん)同様、滞納している大学の費用がかさみ、来年の四年次まで行けるかどうかどころか、現在の三年次でさえ収められるかどうかが危うくなった。
のことです。これも三男の自然同様、普通ならもうすでに支払いを終えているはずの大学後期分の費用の滞納金421,500円の納付書の期限が去った9月30日となっていたのを延長してもらっているその上、これも去った12月9日までだったその延納期限を更に今回再延納申請許可をしてもらった最終的な期限の来年3月15日までの期限内に支払えないことが厳然としていてせっかく三年次の後期まですすんでいてそれから除籍されることが明らかになっている状況であるという深刻で最悪な事情という一大事が迫っている。
しかもこの事件の終息がまったく見えない最中での今度のこの最終的な滞納期限超過問題の目に遭っている。
具体的には、弟の三男同様、来年春、3月15日午後5時までに421,500円を大学へ支払いを済ませなければ大学へこれ以上通えないということです。
せっかく四年制大学の三年次の後期まで進んでおいて、残りあと一年半で卒業が出来るまでに来ているというのにです。
もう一つは、一年間で二度のチャンスしか訪れない神宮での全国大学野球選手権のかかった大会の一つだった昨年の秋季・九州地区大学野球選手権大会の真っ最中に起こっていたこの事件。
しかもこの三年間、大学野球ではづーと主軸四打者でレギュラー。家に残る最年長の家族の一員、そして拉致誘拐された妹・未姫(みき)の兄として事件に巻き込まれてしまっていることで他の兄弟にはない大きな悩みを抱えてしまっていた中でのその大会は、実はリーグ戦だった関係で決戦まで行く手前の段階の予戦中にその大学の除籍期限日でもあった前期分の最終支払い再再延納許可期限日の9月16日金曜日まであと残りわずか1日手前になって大学関係機関などの体育小額起因を大幅に前倒しして振り込んでもらい乗り越えたという状態だった。
しかし、その大会は本人個人としては緒戦からいい成績を残し、積極的に打って出はしたものの、予戦後半戦になった辺りからその支払い期限にもかかわらず支払いの目処が立たなくなっていたことも災いしたのでしょう、勝負どころでの四番としての肝心な適時打が散発しだしとうとう予戦の段階で敗退してしまった。
現在はシーズンオフということで体力トレーニングにいそしんでいる最中のようだ。
  以上が、わが子たち五人の未成熟子の被害状況です。
 来年の3月15日まであと残り三ヶ月。もし仮にでも【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親が昨日までどうしても切り離せなかったこの事件の主犯のその第三者で加害者から思い切って逃れ、今日にでも自分のこの家へ帰って来るなり、あるいは最低限、昼間の間だけでも自分の家業の仕事に戻ってくるのであれば、元の仕事の家業を通した両親二人の力でもって何とかその費用を工面し、最低でも最悪な除籍などという深刻な事態だけは回避できる可能性が生まれる。
しかし明日の日も、なんら今日と変わらない現在の状況と同様に第三者で加害者の支配下のもと、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】で母親と拉致誘拐状態の娘の今の状況が続くのであれば、間違いなくこの次男と三男は除籍になってしまいます。
なぜならこのままの状態が明日も続くようであれば、【店主で父夫の本村安彦】で父親が管理する本村家の全財産はもうすでに三万円を割り込んでいて、7人全員の死活問題にあり、あと残り二日しかない四男の入学費用の工面も出来ないことに加えて、その後の自営家業もおぼつかない状態では何の希望も持てないからです。
つまり、本村家の七人全員が住むこの大家族の家では教育費などを含めると食費やライフライン費用が月々およそ45万円もかかるにもかかわらず、お金は残りあと数日分しかないのですから7名ものライフラインです。一人たりともないがしろに出来ませんから除籍も止むを得ませんので間違いなく除籍は確定します。
もし、仮にそうなれば、この次男・眞理(しんり)が岡山県での高校野球の推薦入学の頃から世話になっている公的機関の奨学金をはじめとして、現時点の大学野球推薦入学まで続いている高校時代の時の公的機関の奨学金制度とはまた別の公的機関の奨学金制度を利用させてもらっている修学の意味や大学野球活動の意味そのものまでが失われてしまい、まったくの無駄に終わってしまいかねない事態に陥ってしまいます。最低でも除籍だけは回避したい。
しかし、どうなんでしょうか。この甚大な本村家や公的機関の奨学金にまで被害を与え続ける第三者で加害者を警察は早急に、いや今日にでも捕まえていただけないものでしょうか。お願いします。

  最後に、私、お世話になっている二人の中学生と一人の高校生と二人の大学生の父 本村安彦は、このおよそ二十年、本村家の主の本村が無党派無宗教無団体という個人の立場で行う「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-とのボランティア活動を行ってきた。
それを疎ましく思っているという日本政府や沖縄の統治作用。
そしてその手先となって小遣い稼ぎをする情報屋へ警察裏金を払う浦添警察署やその関係者といった権力者らの外圧が、知らず知らずのうちに特捜刑事をしている兄を持つ妻の妹の夫、そしてその妻の妹らが直接或いは妻の実母故・島袋照子を介して間接的に本村家の妻でもあるその実娘本村弘美自身である私の妻をも精神的に追込んでいた。
つまり、長年に亘り妻のその妹や母親らを結果的には悪用していた浦添の警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄。必ずや親族の中には一人や二人ぐらいは警察関係者がいる。だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
 一般的にこの狭い沖縄で起こる事件に対する警察権力の発信元は実は、地元の所轄警察署でも県警の沖縄県警でもなく、まず先に親族の中の誰かがその親族の中に居る警察関係の親族へ報告と連絡及び相談をする。
そして、それから所轄の警察署なり、沖縄県警なりの警察権力が介入するという順番が普通。
 よって、本件の深層でも、同じ浦添市内で起こる他の事件へ介入する警察権力の順番の例に漏れず、妻の妹ら夫婦やその妹らの男らが自らが関わり働く浦添総合病院と隣接する敷地内にある食堂「ふく家」を経営する人物である妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、本件のケースではその親族の現役の警察官の実弟にあたる妻の妹の夫が宜野湾市真栄原の売春街『新町』の売春婦相手の違法なゲーム喫茶店をもうかれこれ十年以上も経営していながら、これまで一切警察権力の手入れが入ったことがないといういわく付きまであることに厄介な深さがある。
親族が絡む事件だけに、今日を限りにこのような事件が二度と起こらないようにしたい。
 浦添総合病院に隣接するその食堂「ふく家」の実態は、実は宜野湾市真栄原の売春街『新町』にある大きなゲーム機・喫茶店の支店。
しかもそのゲーム機・喫茶店が存在する宜野湾市真栄原の売春街『新町』通り街は、沖縄市の吉原や那覇の栄町辺りででも客商売を終えた売春婦らの元もとの古巣。
今年新町が一時的に閉鎖されたが、数十日か数ヶ月もすれば何ら変わらない状態に戻ることを裏情報などで知っている売春婦らは住居まで変えたわけではない。
売春婦らは今でもその宜野湾市真栄原の『新町』近辺のアパートやその一階にあるゲーム喫茶の上階などに住んでいるであろうことから深夜や朝方になってそこへ帰って来て一服することが出来る唯一のゲーム喫茶店、という事情があることから裏口は朝まで閉まることがないほど忙しく繁盛している。
案の定、昨日平成23年8月25日の早朝4時ごろ様子を見に行ってみると、「新町社交街」という通り名が大きく入ったゲート看板は撤去されてなくなってはいるものの、その売春街『新町』通りの賑わいの様子そのものは午前4時という時間帯にもかかわらずやはり相も変わらずで、タクシーなどの出入も激しい状態だった。
それと、そのゲーム機・喫茶店の名前が10月に確認に行った時のではなく、別の名前に変わっていた。
いづれにせよ、食堂「ふく家」を経営している人物と同一人物がその売春街『新町』のゲーム機・喫茶を経営している。
 その売春街の『新町』の通りのど真ん中で違法なゲーム喫茶を経営する同一人物が自らの妻を表向きの経営者として運営する食堂「ふく家」という店は、その実、表向き只の食堂店として運営することでその宜野湾市真栄原の『新町』のゲーム機・喫茶店で売春婦らが体を張った商売で稼いで集めて来たお金を目当てに、その売春婦らを相手にゲーム機や飲食などで遊興させ稼いだ金をいわゆる小学生の子どもでも普通に通える健全な食堂店との建前の形式だけの食堂で、宜野湾市真栄原の本店で売春婦などを目当てに儲かった金をこの食堂「ふく家」を通しマネーロンダリングしている見せ掛ダミー店である。
それはその食堂「ふく家」のキッチンで働く妻のもう一人の妹の男が去った十月に「月に20万も売り上げできないのに4人も働いている」「多すぎる」と話していたこともその食堂「ふく家」が『新町』の金を洗浄する店であることを裏付けてもいる。
 この二つの店。経営者が同じということであれば、私のように昔からその妻の妹夫婦らが経営するということで宜野湾市真栄原の売春街『新町』の店に出入りし、実際にその店を経営している姿を見たことがある者なら誰でも直ぐに気付くことだし、この二つの店が実は同じ経営者だということを妹から聞いて、見て知っている妻が知らないわけが無いから当然妻も十分承知しているはずである。
だから妻は、その事を直ぐに察するであろう夫の私に対してだけはその食堂「ふく家」のある場所も食堂の名前すら知らそうとしなかった。
妻とすれば、いかにそのようなお金といえども、その金が自らの肉親らの生活の糧であることには間違いがないことだから、「食堂を訪問するだけで、その全てを知ることになる夫にだけは知らせたくない」-と隠し通したとしても仕方がない。
「隠し通す」-そのためには、妻は夫の私や6人の子どもたちに対してだけは、浦添市内にあるその食堂「ふく家」の経営者と、その宜野湾市真栄原『新町』で売春婦らが体を張って稼いだ金を目当てにゲーム機・喫茶店で稼いでいる経営者と同一人物であることだけは最低限、ぼかしておきながら食堂「ふく家」が自立できるその日まで絶対に「隠し通す」必要性があったことになる。
だから、7月30日にその食堂「ふく家」の目の前の家などを徒歩でボランティアと放射が取れる浄水器の販売営業でローラー作戦展開で一軒一軒尋ね回った際、その「隠し通す」事への危機感が生じ、経営者である妹夫婦の夫の兄が警察官であることから「職を通じて」今でもその理由が飲み込めない翌日8月1日の浦添警察署・生活安全課からの再度の呼び出しに繋がったのではないか、と考えられる。

 そこで、そこまでしてその食堂「ふく家」を妻の妹らへ経営させることで違法な職業である売春婦らが稼いで来る金目当てで権力を濫用し稼いだ金であれなんであれ、その支店である食堂「ふく家」を通しさえすれば何の遠慮もなく収入としておおぴらに流用できるということを実行しながら、しかもその上、個人でボランティア活動をする市民運動家らの動向を知る情報料として入ってくるであろう警察裏金やみかじめ料なども一緒くたに公私混同し私腹を肥やしている輩などと、妻とその妹たちをも共に切り離し、更に妻と娘を伴にその暗い闇の中から明るい自由な場所へ戻してあげられるような具体的な取り組みをしたい。   
本村。
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 16:06Comments(1)TrackBack(0)子育て

2011年12月20日

本村です。最新版「概要説明」です

詳細はブログ→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3846198.htmlをご覧ください。
「概略」報告と説明

  私、お世話になっている二人の中学生と一人の高校生と二人の大学生の父 本村安彦は、このおよそ二十年、本村家の主の本村が無党派無宗教無団体という個人の立場で行う「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-とのボランティア活動を行ってきた。
それを疎ましく思っているという日本政府や沖縄の統治作用。
そしてその手先となって小遣い稼ぎをする情報屋へ警察裏金を払う浦添警察署やその関係者といった権力者らの外圧が、知らず知らずのうちに特捜刑事をしている兄を持つ妻の妹の夫、そしてその妻の妹らが直接或いは妻の実母故・島袋照子を介して間接的に本村家の妻でもあるその実娘本村弘美自身である私の妻をも精神的に追込んでいた。
つまり、長年に亘り妻のその妹や母親らを結果的には悪用していた浦添の警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄。必ずや親族の中には一人や二人ぐらいは警察関係者がいる。だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
 一般的にこの狭い沖縄で起こる事件に対する警察権力の発信元は実は、地元の所轄警察署でも県警の沖縄県警でもなく、まず先に親族の中の誰かがその親族の中に居る警察関係の親族へ報告と連絡及び相談をする。
そして、それから所轄の警察署なり、沖縄県警なりの警察権力が介入するという順番が普通。
 よって、本件の深層でも、同じ浦添市内で起こる他の事件へ介入する警察権力の順番の例に漏れず、妻の妹ら夫婦やその妹らの男らが自らが関わり働く浦添総合病院と隣接する敷地内にある食堂「ふく家」を経営する人物である妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、本件のケースではその親族の現役の警察官の実弟にあたる妻の妹の夫が宜野湾市真栄原の売春街『新町』の売春婦相手の違法なゲーム喫茶店をもうかれこれ十年以上も経営していながら、これまで一切警察権力の手入れが入ったことがないといういわく付きまであることに厄介な深さがある。
親族が絡む事件だけに、今日を限りにこのような事件が二度と起こらないようにしたい。
 浦添総合病院に隣接するその食堂「ふく家」の実態は、実は宜野湾市真栄原の売春街『新町』にある大きなゲーム機・喫茶店の支店。
しかもそのゲーム機・喫茶店が存在する宜野湾市真栄原の売春街『新町』通り街は、沖縄市の吉原や那覇の栄町辺りででも客商売を終えた売春婦らの元もとの古巣。
今年新町が一時的に閉鎖されたが、数十日か数ヶ月もすれば何ら変わらない状態に戻ることを裏情報などで知っている売春婦らは住居まで変えたわけではない。
売春婦らは今でもその宜野湾市真栄原の『新町』近辺のアパートやその一階にあるゲーム喫茶の上階などに住んでいるであろうことから深夜や朝方になってそこへ帰って来て一服することが出来る唯一のゲーム喫茶店、という事情があることから裏口は朝まで閉まることがないほど忙しく繁盛している。
案の定、昨日平成23年8月25日の早朝4時ごろ様子を見に行ってみると、「新町社交街」という通り名が大きく入ったゲート看板は撤去されてなくなってはいるものの、その売春街『新町』通りの賑わいの様子そのものは午前4時という時間帯にもかかわらずやはり相も変わらずで、タクシーなどの出入も激しい状態だった。
それと、そのゲーム機・喫茶店の名前が10月に確認に行った時のではなく、別の名前に変わっていた。
いづれにせよ、食堂「ふく家」を経営している人物と同一人物がその売春街『新町』のゲーム機・喫茶を経営している。
 その売春街の『新町』の通りのど真ん中で違法なゲーム喫茶を経営する同一人物が自らの妻を表向きの経営者として運営する食堂「ふく家」という店は、その実、表向き只の食堂店として運営することでその宜野湾市真栄原の『新町』のゲーム機・喫茶店で売春婦らが体を張った商売で稼いで集めて来たお金を目当てに、その売春婦らを相手にゲーム機や飲食などで遊興させ稼いだ金をいわゆる小学生の子どもでも普通に通える健全な食堂店との建前の形式だけの食堂で、宜野湾市真栄原の本店で売春婦などを目当てに儲かった金をこの食堂「ふく家」を通しマネーロンダリングしている見せ掛ダミー店である。
それはその食堂「ふく家」のキッチンで働く妻のもう一人の妹の男が去った十月に「月に20万も売り上げできないのに4人も働いている」「多すぎる」と話していたこともその食堂「ふく家」が『新町』の金を洗浄する店であることを裏付けてもいる。
 この二つの店。経営者が同じということであれば、私のように昔からその妻の妹夫婦らが経営するということで宜野湾市真栄原の売春街『新町』の店に出入りし、実際にその店を経営している姿を見たことがある者なら誰でも直ぐに気付くことだし、この二つの店が実は同じ経営者だということを妹から聞いて、見て知っている妻が知らないわけが無いから当然妻も十分承知しているはずである。
だから妻は、その事を直ぐに察するであろう夫の私に対してだけはその食堂「ふく家」のある場所も食堂の名前すら知らそうとしなかった。
妻とすれば、いかにそのようなお金といえども、その金が自らの肉親らの生活の糧であることには間違いがないことだから、「食堂を訪問するだけで、その全てを知ることになる夫にだけは知らせたくない」-と隠し通したとしても仕方がない。
「隠し通す」-そのためには、妻は夫の私や6人の子どもたちに対してだけは、浦添市内にあるその食堂「ふく家」の経営者と、その宜野湾市真栄原『新町』で売春婦らが体を張って稼いだ金を目当てにゲーム機・喫茶店で稼いでいる経営者と同一人物であることだけは最低限、ぼかしておきながら食堂「ふく家」が自立できるその日まで絶対に「隠し通す」必要性があったことになる。
だから、7月30日にその食堂「ふく家」の目の前の家などを徒歩でボランティアと放射が取れる浄水器の販売営業でローラー作戦展開で一軒一軒尋ね回った際、その「隠し通す」事への危機感が生じ、経営者である妹夫婦の夫の兄が警察官であることから「職を通じて」今でもその理由が飲み込めない翌日8月1日の浦添警察署・生活安全課からの再度の呼び出しに繋がったのではないか、と考えられる。

 そこで、そこまでしてその食堂「ふく家」を妻の妹らへ経営させることで違法な職業である売春婦らが稼いで来る金目当てで権力を濫用し稼いだ金であれなんであれ、その支店である食堂「ふく家」を通しさえすれば何の遠慮もなく収入としておおぴらに流用できるということを実行しながら、しかもその上、個人でボランティア活動をする市民運動家らの動向を知る情報料として入ってくるであろう警察裏金やみかじめ料なども一緒くたに公私混同し私腹を肥やしている輩などと、妻とその妹たちをも共に切り離し、更に妻と娘を伴にその暗い闇の中から明るい自由な場所へ戻してあげられるような具体的な取り組みをしたい。   
本村。


             様 
平成23年12月12日 金城本村リフォーム設計 代表 本村安彦 電話098-876-5538番 
残念なことに去る5月24日の浦添警察署による我が家への家宅捜索以降急激に、社会貢献がまったくもって行えないような事態に陥るようになりました。
「言論を―する」などとありますとおり、今まさにその言論弾圧によってこの金城本村リフォーム設計の言論ボランティア活動はもちろん、営業活動そのものが現在のところ行えない状態にあります。
> ※2011平成22年11月21日。
「このトンネルが出来、ヒ素混じりの地下水が大量に川へ流れる」との情報を聞きつけ、2010/11/21 17:42:20にインターネット上で当時、小生は名護市の幸地川や世富慶川から検出された”ヒ素”騒動をしきりに名護市役所や北部国道事務所へ調査を要求していた。→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3250815.htmlこれは当時の小生のブログのURLです。ご覧ください。
※2011年2月27日。以下の仮説をインターネット上と営業活動でのチラシ配布などで発表します。
先ず今日現在沖縄の健康状況から:
1、1946年以降生まれ世代の全国1早世・早死にの問題。いわゆるつい最近まで長寿日本1の沖縄が現在は26位に下がり、数年すれば47番目の最下位に向かう最大の原因である70歳未満世代の早世・早死にが男性全国1で、女性も5位の高さ。男女合わせると全国1の早世・早死にという問題。
2、全国平均不妊症カップルの割合が10組に1組なのに、なぜ沖縄では7組に1組と多いのかという問題。
3、低出生体重児・未熟児(1500グラム以上2500グラム以下)が生まれる率が全国1高い沖縄。全国2番目に多い青森県でさえ9パーセント台(10人中0.9人がその未熟児が生まれる)なのに、全国1の沖縄ではなんと11パーセントを超える(10人中1・1人がその未熟児が生まれる)問題。低出生体重児や超低出生体重児は幼少時期からかなりの成人病・生活習慣病のリスクを背負って誕生するそうです。だから問題なのです。
仮説第一回目:
1、の原因その1、1946年から始まったビキニ環礁での核実験。(略)
いわゆる現在70歳の者は 満15歳になるまでづ~とその放射性物質を含む天水を毎日摂取していただろうから全国1の早世・早死にの短命になっている。
1、の原因その2、上記に加えて1960年代のベトナムで使用された枯葉剤に混入していたダイオキシン散布の問題も重なった。(略)
特にその現在70歳未満の者は原爆の放射能雨から連続していることから被害が多く、全国1早世・早死にになるのは当然の結果と言える。
1、の原因その3、戦後沖縄の教育行政で現れている通り、特殊教育対象児童の急激な増加時期とビキニ環礁との因果関係性の問題。(略)当然の結果として、この年代の沖縄での健康診断時で「必ず病院へ行くこと」として持たされる有所見率 は全国1である。
2、の原因その1、上記70歳未満の年代の健康問題を考えると、ちょうど彼等の子ども世代が現在の不妊症で悩む世代となっている。(略)
1960年代のベトナム戦争当時から長年に亘りダイオキシンを含む枯葉剤を散布実験・訓練していたこととの因果関係だろう。
3、の原因その1、問題の70歳未満の年代からすれば丁度母体や父親がその息子や娘世代で、低出生体重児・未熟児がその孫に当たる問題。(略)
 参考資料:(2007年7月9日付沖縄タイムス紙夕刊一面及び同日付琉球新報紙夕刊一面)(2010年11月22日付琉球新 報紙22ページから)
 ※2011年3月1日(木)。沖縄では本村安彦仮説から始まったこの沖縄タイムス紙スクープ記事↓
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-03-01_14946/
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「死の灰嘉手納で本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
※2011年3月11日。フクシマ第一原子力発電所から放射能が漏れる事故発生。
※2011年4月4日。琉球新報紙、本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日 きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。

  ※4月5日(4月8報道)。フクシマの放射能が沖縄で観測される。
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011040701001024.html      
 ※4月24日。沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。
http://etc8.blog83.fc2.com/?tag=%C5%EC%B5%FE%BF%B7%CA%B9&page=15
 ※5月23日。夕方、インターネット掲示板   http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  上で、今回のフクシマ現地の放射能雨の汚染量より、かつてのビキニ環礁での核実験による放射能雨が琉球列島に降り注いだ当時の琉球気象台の記録、17万カウントのほうがかなり凄い放射能汚染量であることを伝え、公表し警鐘を鳴らす。
http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3566420.html
 ※5月24日。浦添警察署生活安全課による人通りの多い時間帯での、沖縄の核貯蔵庫撤去市民運動歴17年間の主人の個人的な市民運動に対するこれ見よがし的な妻と二人だけの零細自営家業の個人自宅への突然の家宅捜索。そしてその後の2ヶ月に亘るも数回だけの取調べなどの長期嫌がらせによって商売上の信用が顧客との間でぐらつき、以来、この約半年収入が20分の1に激減した。  
(略)
★11月に入ってまもなく、上記のその零細自営家業の我が家へなぜ浦添警察署が別件をでっち上げてまで家宅捜索までして深く入り込んで来たかが分かる情報が飛び込んで来た。
★一つ目はこの↓妻への手紙の内容につづってある:
(略)
 弘美、これは○○○さん→△△→おやじが聞いた話だけど。
 10月に△△からtelがあって、用件を聞くと○○の○○○さんから「水の出が悪い。前と同じ症状だから」−との事だった。
実際にみてみたら、まったく以前と同じだった。
 作業中と作業が終わって今度の浦添警察署の汚さを話したら聞いてくれた。(「ん?奥さんは?」という話もあって)

どうも当山小学校横の××××と数年前にもめた事も絡んで複合的に入り組んでいるみたいーとの話だった。

 すると、○○さんは「浦添警察署の生活安全課なら以前から知り合いが居るから早速その裏側を調べてみる」−との事だった。
(○○さんは、知っていた。××が元警察官で、その当山小学校横の××××××所はゴロツキ刑事がゴロゴロしているのを)

 その翌々日に電話をかけたら○○に出掛けていて携帯電話が繋がらなくて話を聞けないままいたら、丁度○○の○○○○が同乗してくれていたからその足で△△の事務所まで行った。

△△とは2,3日前から(11月21日月曜日から)△△が保身に転じていてあまり信用できなくなってしまっているが、その日の頃はまだ割りと親身になって我が家の事を心配していた。

△△が言うには「○○さんの話によると、そのゴロツキ刑事らがよってたかって『本村を潰せ』ーと号令を掛けているらしい。気を付けたほうがいい。その食堂「ふく家」の店主をしている妹の夫の兄のゴロツキと一緒になって(いつのまにか)浦添警察署生活安全課とつるんで『本村つぶし』をしている。権力相手だからこれ以上向きになるのは止めたほうがいい。これ以上その食堂などを相手に告訴とか何とかを続けるなら『本村をもっとやってやる』−と言っている」−との話しだった。
おやじ
(略)
更に、今回の事件では:
★平成23年8月12日と30日にも妻は再度犯人の彼らにそそのかされて配偶者暴力相談支援センターへ行かせられている。
(略)
★犯人の彼らが妻を家出させた8月4日以来、約三ヵ月間も夫の私に会わせなかったその間のあいだの先々月、平成23年10月26日に書かされ、しかも今現在起こっている事件にもかかわらず
二十五年以上前の夫婦のいさかいや、二年以上も昔の夫婦の喧嘩を大げさに表現させ、今現在起こっているかのごとく偽装までしたと思しき内容で持ち出し、
この時もわざわざ★配偶者暴力相談支援センターへアリバイ作りとしてその13歳の娘まで違法に連れて行かされ、その8月12日の日に自らが指示し、拉致させられていたその13歳の子への接近禁止命令を求める事情を話しているともある。また親族等への接近命令を求める事情もすでに相談しているともある。
(略)
 ※六日後の2011年5月30日深夜。長崎放送放映の沖縄の核兵器報道に妻と二人だけの零細自営家業の主人・私本村が出演。以後、8月3日までの約二ヵ月半浦添警察署生活安全課による取調べが続く。
2011年7月30日。この日もこの画像の新聞記事(2011年6月30日付、琉球新報紙)のコピーを持って、浦添市伊祖4丁目13番付近の知り合いの住宅や店舗を一軒づつ回り言論ボランティアを兼ね、放射能が取れる台所用逆浸透膜浄水器の宣伝回りをしていた。

翌日、8月1日に浦添警察署生活安全課から別件で呼び出しの電話があった。
その二日後の8月3日の別件取調べの前にその回った通りで食堂をする妻の妹で被告訴人の妻から私の妻へ電話。
そして、別件取調べ調書が終わったあとまた、その同じ妻の妹から妻へ電話。
すると、その翌日の8月4日には妻が被告訴人関係者に呼び出されて行方不明。
その8日後の8月12日には13歳の娘が拉致された。

 →そして、その翌日の8月13日土曜日夕方五時半。TBS「報道特集」で私の沖縄の「核」貯蔵庫撤去言論ボランティア報道が、フクシマの原発騒動の最中予定通り報道された。
その「言論弾圧」が何時頃からか調べたら、以下のように警察・裏金情報料欲しさの「私的弾圧」も含めると、19年にも及ぶ。
画像はこちらのブログで↓ 2011年11月21日 金城本村リフォーム設計
http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3845053.html 電話098-876-5538 本村
(略)
 ※2011年7月30日。来る8月13日の全国ネットテレビ放送ニュース番組に私が出演するこが決まる。(略)
 7月30日。
(略)
★浦添市伊祖四丁目の食堂「ふく家」付近を私自身のライフワークの「沖縄から核施設を撤去させよう!!」のボランティア運動と併せ、放射能まで取れる逆浸透膜浄水器の販売営業を徒歩で一軒ずつ歩いている。(略)
★そのダミー支店として出している浦添市伊祖四丁目の食堂「ふく家」だが、それがダミーである証拠としては、その店へ父親である私へ隠れて妻が当時小学校の頃から連れて行っていたことが先月10月になって中学生の息子の証言で明らかになっていることもある。
(略)
私に言わせれば、三年もの間妻の夫の私へは知らすことが無かったという点が逆にダミーである証拠と言える。
また、この時点ではその食堂「ふく家」という食堂の名さえも、場所すら知らなかった私に知らせることなく三年余りも隠してきた。(略)
★また、その食堂「ふく家」では何らかの浄水器メーカーのサーバーが置かれているのを8月19日に妻をそこで最初に見つけ、妻が家へ戻る条件の誓約書を書いた時に確認していることもある。
 ※翌日、8月1日。(略)
★浦添警察署からの電話で、取調べの日時を二日後の8月3日の午前十時から二時間ぐらいとした取調べの約束をする。
※2011/8/3 ↓
     ※8月3日午前8時24分、お母さんの携帯へ食堂「ふく                家」の経営者の妻で、妻の妹の志良堂ちあきから電話                が入る。(??)

     午前10時丁度、お母さんがお父さんを浦添
                警察署へ送り届ける。
                これで※5月24日から始まっ
               た一連の浦添察署生活安全
               課による金城本村リフォー
               ム設計の本村安彦に対する
               取調べが終わり、嫌疑が晴
               れ、事件が終息した。 

 ※8月3日。浦添警察署生活安全課は最後の仕上げとばかりに、妻と二人だけの零細自営家業の個人へ間をおいた取調べ攻撃を2ヶ月ものらりくらり続けたあげく、「貴方の放射能除去浄水器販売自営家業・生業と核兵器撤去ボランティアは早くやめなさい」とのある種の脅迫メッセージを届けることに成功する。  

    午後1時ごろ、 お母さんが浦添警察署近くにいるお父さ
           んを迎える。
    午後1時49分、お母さんの携帯に090-2069-9934から着信がる。(??)
    午後3時33分、お母さんの携帯へ妹の志良堂ちあきから電話がる。(??)
    午後4時31分、お母さんの携帯に県内の大
           手金融会社のオークスの債権
           取り立てセンターから電話が入
           る、、、。(??)



 ※この日、一連の家宅捜索事件が終息して、その他の懸案も解決を見たことで金城本村リフォーム設計としてはあとは新たな戦略の模索に入りつつあった。(略)

午前10:00分~午後1:00分頃まで浦添警察署の市民生活安全課から呼び出されて、なんと一ヶ月以上も前の先月7月の初旬までには5月24日以来5回に亘って取調べをしてまでその事件は間違いだったということで終えているはずの、十分に何の疑いもないことが分かっているはずの事件の件での突然の再調書だった。
と言うのも、そのことを問う私に対する担当刑事のしどろもど                ろの説明などからは一体何のための呼び出しだったか今もって                分からない呼び出しだった印象を強くもっている。(よっぽど、               これはもしかして、、、警察関係にいる者の仕業では??など、               或いは警察そのものではなくて、誰かの嫌がらせではないか?                などと思うようになっていった。
しかし、その一方、昨今の浦添警察署が家宅捜索までして、それまで誰も侵したことがない本村家やお父さん、お母さんの家へまで深く入り込んで繰り返す嫌がらせが続いていたことをきっかけに、長女・未姫にまで上の男の兄弟並みな厳しい指導方針を貫き通すアスリート一家としては当たり前的な考え方をめぐり、昨日まではそんなアスリート一家の妻として、母として普通についてきていたお母さんは、お父さんがこの日の取調べに疲れて帰って来た後からは、急に警察という虎の威をお母さんはどこから借りたのか急激に「女子にまでそんなに厳しくする必要などないのではないか」、、、などと大柄な態度にまで出てくるようになっていいった。いったい何時何処でなにがあった??
(略)
この時、浦添警察署にはすでに2年前の浦添警察署に行かされた夫婦喧嘩の相談相談保管記録があることになっている。(略)

※2011/8/4昼前→ 以下、家庭裁判所へ出した仮処分申請書から抜粋:
         8月4日。その日の昼前に家に戻る途中の                   車内。夫婦でもめた。(略)
          原因は、妻の仕事中の携帯電話の多さだった。
電話の会話の調子からその相手の中には知っている者もいれば知らない者も含まれることがある程度分かることが災いし、全く誰かが分からない時には「誰?(二人で情報交換しなければならないことがこんなにあるのに妻への着信が邪魔でコミュニケーションがとれないの意)」「忙しいから切っとけ!俺がいる時は後でと言えば」「今旦那がいるから後でねと言うんだ」などと連発する時もある。
(略)
売り上げがきつくなって約4ヶ月。心配事が山ほどあるにもか         かわらず妻の運転中での、こんな調子でのほほんと、ぺちゃくちゃぺ         ちゃくちゃやっている姿を見て後部座席から携電話を取り上げた。
その時に互いに胸ぐらを掴むなどの揉み合いになって先に夫のボタン         一つ妻が引きちぎっただけでその後も口喧嘩以外は何もなかった。
そのまま昼御飯を待っている子どもたちも家にいることもあ            り、妻は家の駐車場で再度けんかを挑発するも、丁度子どもの姿が見え出した場所に差し掛かったこともあり到着後、出来るだけ子どもたちに気付かれないように振る舞い、そのまま時差を付けながら家に入った。
(8月4日といえば、丁度昼過ぎから台風の強風域に入りつつあった日)
二人が家に入ってしばらく経ってそろそろ台風時の買い物を済ませ          ようと、丁度車の運転ができる次男がたまたま来ていたこともあり、さっきの揉め事でスッキリしていないことも手伝い、結局その次男と買出しに出掛けた。
娘の話によると(ひとり家に残った)娘の父親と兄が買い物に出掛          けると同時に図ったように家にはない携帯電話を探し回るも夫がその         まま持って行った事に腹を立てる。
       そして、午後2時頃までにはその台風の最中、独りで家を出た。
(娘の家ではリフォーム業を自営し、長年生業として来た。その手伝い         を運転免許のない夫の運転手としての重要な手伝いもしている母親が    娘だけではなく他の4人の兄もいる家を捨てどこへともなく姿を消した)
       その時家にはその中1の娘だけだった。
しばらく経って買い物から戻った娘の父親である私と娘の兄は娘の母         親がいないことに気付き、一人で残されたその娘へ尋ねると「知らん」        とパソコンに向かったままそっけない返事。
その日の夜になって台風は益々本格的に吹き荒れだしたことから心配         になってその母親がいなくなった時の詳しい情報を得ようと娘再度尋ねた。
すると娘は「とにかく何処に行ったか分からない。3~4回玄関のドア        をバタンバタンさせていたからきっとタバコを切らしていてイライラ     して外にタバコを買いに行ったかと思ったらそのまま帰ってこない」と。
またこうも推理する「これは自分の想像だけど、どっか近所の家にいき、、、、」ーとも。
 娘の父親や兄たちも、又か、、、と。娘の父親は「50(歳)も超えてもまだ同じ事を繰り返して家を捨てる母親を探し回るのも恥ずかしいからと放っておいた。  
 5、6日経って娘の父親が心当たりに声を掛け出した。
  、、、、、以下省略。つづきは、8月に別紙那覇家庭裁判所提出済みの「仮処分申請書」を参照のこと。   
(略)

警察権力を利用し、ボランティア潰し=生業潰し=一家8人殺し
被   害   届

平成23年12月20日
沖縄県 県警 本部長 殿
沖縄県 浦添警察署長 殿

届出人住所: 沖縄県浦添市港川2丁目10番8号
氏名     : 本村 安彦     
電話番号  自宅: 098-876-5536
自営業:金城本村リフォーム設計
会社電話番号: 098-876-5538

 次のとおり、刑法第224条・225条・及び225条の2~227条の1(略取及び誘拐幇助)及び247条(背任)刑法第217~218条 (遺棄) の被害がありました。

  私、本村安彦は、個人の立場で「沖縄から核施設を撤去させよう!!」-を提唱しています。
それを疎ましく思っているという統治作用。
そしてその手先の情報屋と警察署やその関係者といった権力者らからの外圧。
知らず知らずのうちに親類縁者の中に存在する警察関係者がその親類縁者を介して本村家の妻をも精神的に追込んでいた。
 長年に亘り、その親類らを結果的には悪用していた警察権力の上にあるいち市民の行う言論に対する弾圧を違法に行う統治機構の実態の存在。
狭い沖縄だからどこの家庭や親族でもありえるケース。
事件に対する警察権力の発信元といえば、まず先に警察関係の親族へ相談をする。
よって、妻の妹の夫の兄が現役の警察官であることとまったく無縁ではない。
そして、妻の妹の夫が売春街の売春婦相手のゲーム喫茶店を十年以上経営していながら、一切警察権力の手が入ったことがないということとも無縁ではない。
本村。

被害者の住所、氏名、職業、年齢
被害者住所 : 〒901-2134  沖縄県浦添市港川2丁目10番8号
被害者氏名 : 本村 安彦 58歳 外7人の合計8人(妻51歳・弘美/
長男27歳・安聡/次男21歳・眞理/三男19歳・自然/四男17歳・公平/
五男14歳・望/長女13歳・未姫)

被害者職業 : 自営・家業のリフォーム工事及び浄水器販売の営業
被害者年齢 : 子どもが13歳/14歳/17歳/19歳/21歳/27歳の6人に、
        加えてその両親が51歳/58歳の合計8人
被害内容:
 ①この20年余り、家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、自らが産み育てた六人の子の母親で、主婦で、一家の運転手役でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた。
その日から、自宅には二人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら五人が母親の扶養の義務から八日間も遺棄された。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からもその八日間遺棄された。
そして、その八日後の平成23年8月12日からは自宅に一人の中学生と一人の高校生、そして二人の大学生といった未成熟子ら四人が母親の扶養の義務から四ヶ月余りも遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも夫は四ヶ月余り遺棄され続けている。
また、自家用兼自営家業用としての自動車も一台、肝心な唯一人の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がいないため四ヶ月余りも放置されている。
つまり、その五人の子どもたちは母親の扶養の義務から遺棄され、「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
その一方、本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の警察関係者を兄に持つその夫と、同じく【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のもうひとりの妹とその内縁関係にある男性らが経営する食堂「ふく家」では、その妹夫婦の妻方及びもうひとりの妹世帯の実の姉にあたる【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を急に家出・行方不明状態にさせた平成23年8月4日の翌日頃からキッチン等で働かせている。
 原因は、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の実の妹ら夫婦が十年以上も前に開業した夫に警察関係者の特捜刑事が兄にいて警察の手入れや事件などに巻き込まれたとしても恐いもの無しという理由と、儲かるという点で当時からすでに全国的にも「売春街」で有名な宜野湾市真栄原の「新町」通り街の真ん中でゲーム機・喫茶店をその売春婦を主な相手客として現在まで営み続け儲かったことに端を発している。
 二、三年ほど前。その売春婦相手の利益が大幅に増えたことともうひとつ、その妹夫婦の長子がそろそろ小学校に入学するかしないかの頃になるなどが重なり、どうしてもその「売春街」で儲かった利益をマネーロンダリング(洗浄)する支店を別の場所で同じ飲食店として開業する必要性が生まれた。
そこで浦添市伊祖で食堂「ふく家」として開業することになることと同時に、足りなくなる人手役の適役として浮上したのが今回同様、その二人の妹夫婦らの妻などの姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】だった。
 浦添市伊祖の食堂「ふく家」開業当時から経営する妹夫婦と、キッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らが浦添警察署と相通じて本村家の自営家業「金城本村リフォーム設計」から運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を家出をさせ、人手役にするために当時も以下のようなとんでもないことを行った。
 実は、その実の姉【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】のことを妹夫婦らはもう何年も前から自らの夫や内縁の男性らに対してこのように思わせていた。
「兄弟姉妹の中で最年長の長女なのに、子どもが多いことをダシにしていて実家の用事や法事の手伝いにもあまり積極的でもないし、何もしようとしない。四女と五女は内地にいるからいい。でも、ねーねーは近くに住んでいるのに私たち三女と六女にだけ難儀をさせている」-と。
つまり、【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】とすれば、子どもを六人も抱えていて子育ての時間しかなく、まったく時間に余裕がないことから、内心何かをしてあげたいけれど逆に迷惑をかけることになることは確実。そこで、どうせ最後まで責任が持てないことが分っているのであれば、尚のこと最初っからからあまり積極的に参加しようとしないほうが逆に周りのためになるということの道理を、只、単にその実の妹らが理解できない、或いは無知ないことから起こる誤解が長年続いていたのだった。
 ※参考までに、これは家宅捜索があった5月24日の一ヵ月半前の4月4日付新聞記事の切り抜きです↓
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
 ※↓これも参考に付けますが、これは家宅捜索があった5月24日の直前当たる5月20日に、浦添警察署や各自治会などももちろん含まれる浦添市内の健全育成会でもある浦添市民会議の表彰を受けている娘の写真をその表彰の日から8日後の5月28日に沖縄タイム紙に掲載された時の写真記事です。途中、5月24日に家宅捜索があったのでその本村家の娘の表彰を巡って何か有ったのではなかったかと想像するにそう難しい事ではないはずです。これはその時の沖縄タイムス紙の記事の切り抜き写真です↓


 実際に六人の子どもの子育てを第一とする一方、普通の家の二倍はかかる出費稼ぎと子ども六人分の用事の多さで自分自身の本村家方の親戚付き合いすら出来ないほど六人の子の親・主として大変でもある上、「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】の立場でもあるといったような情況にたいし、実は自らもまったく経験がないことと、そして自らの実の親や親戚も含めて自らの周りに六人もの子を本村のようにきちんと育てた、というような情報や環境に恵まれなかったせいと、もうひとつ「両親揃った本当の家庭の味や姿」というものに対する無知や、その逆の嫉妬からか当時もそのことを口実にしてその「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を攻め、追込み悩ませ、いじめ、困らせ、苦しませ、わざとその事でこじらせ、夫婦のいさかいを意図的にさせた。
 つまり、「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の直ぐ下の妹夫婦の夫の警察関係者の兄やキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」の唯一の運転手役の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】を本村家からいなくさせることで自動車運転免許証を保持しない「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】を困らせ、やむを得ず無免許運転をしたところを職を通じ浦添警察署へ通報し逮捕・拘留の目に遭わせ、一家八人の生活を支える本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」という事業所そのものを消滅させ、一家八人を通学どころか路頭に迷わせた挙句、二十年も続けてきた本村家の自営家業そのものの「職」を失わせようとした。
そしてその一方、なんと自らの食堂「ふく家」では、計略どおりならその大黒柱の夫も職も失うことになるはずの実の姉にあたるこの20年余りも本村家の自営家業である「金城本村リフォーム設計」で唯一人の自動車運転免許所持者で、しかもその自営家業で中学生二人も含む未だに五人の未成熟子を支える共同経営者でもあり、またその本村家では六人の子の母親で、【店主で父夫の本村安彦】の妻でもある【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】をその食堂「ふく家」で「実の姉」ということで自動的に働かそうとした。
そして、自らの妻らに対する口実としてこれも加えた:
「もし、そうやっていじめることで、ちょっとした夫婦喧嘩程度のいさかいなどがあった時でも何でも直ぐに家出をさせてこっちで働かす。暴力を振るっていなくても構わない。『振るった』ということで夫の兄の警察関係者から浦添警察署へ警察官という職を通じてうそでも何でも作り話を大げさに通報させて女性センターなり、配偶者暴力相談支援センターなりを協力させる。そして一時保護の間に無免許運転をすれば浦添警察署へ通報し、逮捕・拘留させて本村家を潰す。もし無免許運転をしなくても半年やそこら保護命令まで出させて別居させ、仕事を出来ないようにさせる。そしてその間に離婚をさせる」ーと。
 (参考までに、上記のようなことはこの二、三年前にあったことだが、実はその頃に丁度あたる2009年(平成21年)の2月か3月頃にその浦添警察署へ夫婦喧嘩のことで実際に相談に行かされ「配偶者暴力相談支援センター」の存在や、「一時保護と保護命令の制度について情報提供を受けた」と【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】本人が書いたと称する書類に確かに書かれてもいる)
確かにここ十五年~四、五年ほど前までには、それまで数度もその計略にはめられたとしか考えられないような無免許運転での逮捕・取調べを受けた経験をしたことがあったことから「もしや!」と常に頭には置いておいた。
だから、それ以降にあたるその二、三年前辺りの妻の家出での時などではすでに、この私「金城本村リフォーム設計」の【店主で父夫の本村安彦】が「無免許運転をしたところを通報し逮捕・拘留」の目に遭わせようとする計略は通用しなくなっていた。
 そして今回も、急に家出をさせられた状態にある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】がその妹夫婦の経営する店の食堂「ふく家」で急に、半ば強制的に、しかも今回は初めて実際に住み込みまでさせられて働かされている。
つまり、食堂「ふく家」とはまったく別の自営家業の事業所である「金城本村リフォーム設計」に対して平成23年8月4日の日から今日までの間、本村家の自営家業の共同経営者でもある「金城本村リフォーム設計」の【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】が背任加害者の状態になったまますでに四ヶ月と20日も経った。
 加えて更に、あろうことかその共同経営者でもあり、六人の子の母親で、妻でもある 本村弘美 51歳が、平成23年8月4日に突然、家出・行方不明状態にさせられた8月4日から八日後の平成23年8月12日からは遂に、この家の主の 本村安彦 が自動車運転免許証が無いために子どもたちの送迎が出来ないことから仕方なく、その家出中の唯一の運転手役の妻の 本村弘美 へ携帯電話などで連絡を取り、その時すでに自宅に八日間もその本人そのものに扶養されずに遺棄されていた状態の5人の未成熟子のうちの13歳の娘の夏休み中の陸上の合同練習会場である浦添総合グラウンドまでの送迎をその日も頼んだところ、
その場所までは連れて行ったとの情報は入ったものの、そのまま【共同経営者・運転手で母妻の本村弘美】の妹夫婦とその夫の警察関係者の兄とキッチンで働くもうひとりの妹とその妹の男性らと浦添警察署が、警察官という職を通じて、ありもしない「本村家の5人の未成熟子のうちの13歳の娘とその母親が本日12日、浦添警察署と女性センター『配偶者暴力相談支援センター』へ相談に来た。本日8月12日、母親と娘に対して父親からDVがあった。だからその母親と娘の二人が本日12日付けで家出をしている。しばらく取り調べの必要があるから身柄を預かる」-などという”でっち上げ”のアリバイ工作を行って家出人捜索願いを提出までして心配し、探し回る父親を逆に犯罪者扱いして父親の元へ帰そうとしなかった。
結果的に、私たち本村家の家族からすれば母親が娘を拉致・誘拐させられ、罪を被った格好になって今日もその13歳の娘が家以外の場所で寝泊りをさせられ、監禁・軟禁被害者のままの状態となってすでに四ヶ月と12日も経った。
 まとめると、当初、その五人の未成熟の子どもたちは母親の扶養の義務から八日間遺棄され、その八日後からは一人の娘だけを住居も持たない身でありながら連れさせられ、放浪させられた挙句に面倒見をさせられる状態が四ヶ月と12日がっ経った。その一方、家に遺棄され続けている残りの中学二年生とその他の高校生や大学生といったその娘の兄ら計4人の未成熟子らはその母親の扶養の義務から四ヶ月と20日も遺棄され続けている。当然、妻としての病気療養中でしかも自動車の運転免許証を持たない夫に対する扶養の義務や同居の義務からも四ヶ月と20日も遺棄され続けている。
更に、もう一つの義務である「金城本村リフォーム設計」の共同経営者としての義務と責任を背任の上放棄させられ、三ヶ月に一回はアフターサービスをしなければならない自営家業の顧客およそ100軒に対する約束を反故にさせられ、そして自家用兼自営家業用自動車もそのまま遺棄・放置されてすでに四ヶ月と20日が経った。
 このような事件の背景には実はこれまた警察絡みのからくりが存在していた。
 現在、その宜野湾市真栄原の「新町」通り街は、昨年から今年に掛けて宜野湾警察署が売春防止法取り締まり強化の一環で一大手入れをし、その「新町」の大方の売春宿を摘発したことによってその「新町」の売春宿そのものは無くなりつつある状態にある。
しかし、だからといって住所までは移る必要が無い売春婦らは中部や那覇などといった方々で稼ぎ終えると当然ながら自らの住居があるその宜野湾市真栄原の「新町」通り街界隈へ帰る。
そしてその帰る時間帯の深夜から朝方に立ち寄り、ゲーム機で遊興しながら食事や休憩をすることが出来るような店は実はその妹夫婦らが経営するその店たったの一軒しか存在しないことから24時間閉まる間が無いぐらいに忙しい。
つまり、それもこれも皆、警察の「取締り」や「絡み」のおかげで逆にその妹夫婦らの店が繁盛するようになっていることで余計に人手不足になり、姉を離婚させてまで手伝わせようと強く企んでいたということになる。

 では、5月24日に浦添警察署の生活安全課はでっち上げまでして家宅捜索をするなどと、何でそこまでこのいち個人宅へこだわるのかと言う疑問点では、
丁度そのころ、地元にある沖縄電力が実は、原発研究を7年も前からしている、-というような問題を浦添市民の各世帯へ知らしめんと盛んに新聞などの切抜きを配布していたお父さんの話題が市内の要人たちの場で沸騰したことで、狭い浦添、当然関係者で満杯。当たり前に沖縄電力の下請けから社員から親族まで多様に多く存在する。よって、「うるさい」-と、思ったのだろう。
 ※↓参考までに、これは娘が拉致された翌日に当たる去る8月13日夕方五時半に「沖縄の核兵器の実態とフクシマの原発問題」を絡めた内容の報道をしていたTBS「報道特集」に私、本村が米軍関係の施設の設計を長くやってきた「建築家」個人の立場で出演し、「沖縄の核専用貯蔵庫の存在実態」を証言した時の画像です↓(ちなみにこのシリーズでは5月24日の家宅捜索の六日後の5月30日には数年ぶりにNBC・長崎放送の「封印された核」という番組にも出演している




 そして、もうひとつは、浦添警察署生活安全課はお父さんをひとりで外へ出したあと、お母さんからだけ話を聞きたかったのかもしれない。その2年前の夫婦喧嘩のそのあとの情報がほしくて。何かの役に立てようと。
しかし、お父さんが自動車の運転免許証を持っていないことで、お母さんと切り離すことに失敗したからこそしどろもどろの家宅捜索になり、実はお父さんから庭で事情を聞くから、又は「外で写真を撮るから」などと表向きその時はお父さんからだけの事情聴取で終わらせたんではないだろうか。
しかし、2年前にお母さんがお父さんに隠れて夫婦喧嘩の相談を持ちかけさせられていたわけだから、実は家の中で約2時間もお母さんひとりに対して2~3人の捜査官がお母さんが何か隠していることことはないかどうか、お父さんを陥れできる材料がないかどうかの事情をしきりに聞いていたのではないだろうか。
だから、お母さんは、この2年の間に幾度もお父さんと伴に喜怒哀楽を過ごしてきたこととが合い矛盾することから、もう二年も前にそんなことがあって、一度もお父さんへ話していなかったやましさもあり、特に話がへたなお母さんはお父さんへ話そうにも話せなくて、だから、その日から数日の間お母さんはお父さんとちょいちょいおかしくなったんじゃないだろうか。
ふつうに考えてみたらそうなるだろう。2年前にはすでにお父さんは夫ではあっても蚊帳の外だったんだから。
そして、その家の中では実は恐ろしいことが行われていたのではないのだろうか。
実は、お母さんを数人がかりで無理やり了解させ、ありもしない家庭内暴力がないのかどうかや、早くこの商売を止めるよう、あるいは言論ボランティアを止めるように勧めるなど、当然ながら捜査と称して屋内の隅々までプライバシー侵害まで犯しながらあらゆる写真を撮って帰ったのではないだろうか。)
以上、ここまで2011年11月3日に追記した。
※お父さんはこの当時も当然のようにチラシ配りなどの言論ボランティアを行っている。

ブログも併せてご覧ください→http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e3846201.html
↓全員「皆勤賞」中
  同年/夏8月    |  長女・未姫が東京代々木の国立陸上競技場で行われた全国小           学生陸上大会で一位となり県初の全国制覇を達成し、新聞に           大きく採り上げられた。
  同じ頃       次男・眞理が県大学野球「殊勲賞」及び                   「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/10月    | 三男・自然の大学推薦入学が決まる。
  同じ頃       住宅立ち退きいやがらせ始まる

  同年/同月  |  次男・眞理が県大学野球「ベストナイン賞」の賞を獲得。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/秋頃から| 長女未姫が取材やその他の打ち合わせなどが増えたせいで、             スポーツの優秀な子などへの子育てについてこれといった理念            など持ちようがない少年期の家庭環境で育ったことで、父親と            は違い今流行の”うざい”教育的指導を行えないことが娘から            すれば渡りに船で、都合良く、誰とでも当たり障りのない親、            との理由から、その母親と二人っきりで出かける機会が多くな            りだすことを陰ながら指示してくれる父親の配慮が、母親に            とっても、娘・未姫にとってもうれしいことが続く
その当時から また、少年期の娘・未姫とすれば、「父親の力は借りずにここ          まで結果を出せたんだ」としなければならない、或いは、そう          せざるを得ない状況に追い込んだ娘・未姫の父親との関係以外          での、周りの環境の災いもあったことは間違いない。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/16 | 沖商不動産がセーフティーネット制度での住宅手当充当家賃を            受け入れないことを理由に、セットでもある県社会福祉協議会            がその国などの制度資金を一切利用できず、後は振込みを待つだ           けの状態まで終えていた手続きが不承認となり、結果、支給手前          で打ち切られた。
同時期進行的に    更に、県社会福祉協議会のそのような状況から、市役所も見             合わが始まるようになる。(別紙、平成22年11月16日付け通知            書参照)
          総額=県社会福祉協議会分が2,208,000円+232,000円=2,240,730円           と、+浦添市役所分の住宅手当一年分48,000円×12ヶ月で576,000           円=3,016,730円が、まったく放棄させられた格好となる形に。
↓全員「皆勤賞」中
2010平成22年/11/28 |  長女未姫が国頭陸上競技場で行われた県民体育大会会場で、県            陸上連盟・教育団体から今年の全国一位になった優秀選手とし            て表彰された。
↓全員「皆勤賞」中
 同年/暮れにかけ |  子どもたちはというと、長女・未姫が市の広報などに数度も             紹介さてたり、小学校の学校新聞などに紹介され続けたこと             で母親と二人が急に忙しくなる。例えば、12月1日には市制             40周年記念市広報などの特集などでも再度登場するのと並行            して市のホームページにも市長や教育長と並んだ母親と一緒の            写真などが掲載されたり、雑誌などにも掲載された。
 同年同月頃     また、次男・眞理も新聞をにぎわすような大学野球での活躍             が続く。
※2011平成23年2月27日。以下の仮説をインターネット上で発表する。http://groups.yahoo.co.jp/group/ml_ryukyu_400130/  
 ※2011平成23年3月3日(木)。本村安彦仮説から始まった沖縄タイムス紙スクープ↓
沖縄タイムス紙一面「ビキニ死の灰沖縄に」「かでなで本土の2倍」「54年水爆実験後米が観測」「人体の影響専門家調査へ」。社会面「何も知らず被ばくか」「沖縄に死の灰」「米統治下情報奪われ」「近海の船員早世相次ぐ」
↓全員「皆勤賞」中
※2011平成23年/3/11 ↓
    | 福島第一原発問題が勃発し、父親のこの17年来の核への専門         性が注目され、平和問題研究者や教育関係者などから招きを受         けるようになり、偶然とはいえ、生業・自営業の放射能除去可         能逆浸透膜浄水器が売れ出し、事業が軌道に乗り出す。
 2011/春3月 | 長女・未姫が、沖縄県児童賞を受ける。(平成22年度沖縄県生           徒等表彰、浦添市立港川小学校第6学年 本村 未姫)
↓全員「皆勤賞」中
 2011/春3月  | 長女・未姫が小学校の卒業式で小学校6カ年間無遅刻無欠席             の皆勤賞を達成。これで兄弟6人全員同じ港川小学校での珍            しい皆勤賞となる。
同年同月 更に、三男・自然が高校の皆勤賞も達成。(偶然に長男・安             聡と同じ高2の夏に一日だけ休んだが)これで12ヵ年間準皆             勤賞を長男に引き続き達成した。次男の12ヵ年皆勤賞達成           に加えると3人がすべて12ヵ年皆勤賞ということになる。
↓全員「皆勤賞」中
  2011/4/4 | 琉球新報紙で「本村家、兄弟6人全員皆勤賞」と大きく報じら            れ、ネット上でも「本村家」のヤフー検索ワードでのアクセス          数が1,500,000件を超えるほど全国的に報じられ、話題になる。
           (現時点では6,460,000件を超えている)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-175672-storytopic-7.html
琉球新報〔教育〕
本村家、きょうだい6人皆勤賞 港川小2011年4月4日


きょうだい全員小学校皆勤賞を達成した本村家の(左から)五男望君、三男自然さん、末っ子未姫さん、次男眞理さん、四男公平君=3月29日、浦添市港川
 【浦添】浦添市の港川小学校を今春卒業した本村未姫さん(12)が皆勤賞で表彰された。未姫さんは6人きょうだいの末っ子で、きょうだい全員が同小を1日も休まず卒業。兄たちは中学校も皆勤賞を取り、未姫さんは「兄ちゃんたちがやってきたことで当たり前だと思ってきた。港川中学校の3年間も頑張りたい」と語り、父安彦さん(57)は「共働きで一人一人にゆっくり付き添うことができない中、自分たちの力で頑張ってくれた」と子どもたちの成長を喜んでいる。
 未姫さんは兄たちの影響で小4で野球を始め、てだこアスリートクラブにも所属。
 昨年8月、陸上競技の第26回全国小学生交流大会女子共通ソフトボール投げで優勝した。第48回沖縄教育版画コンクール特選にも選ばれた。
 全国的に優れた成績を収めた児童生徒らをたたえる「2010年度県児童生徒等表彰」でも表彰され、「将来はCG(コンピューターグラフィックス)クリエーターになりたい」と夢を語る。
 8人家族の本村家は長男安聡さん(26)を皮切りに小中学校皆勤賞を続け、次男眞理さん(20)=沖国大3年=は「周囲にこんな大家族はあまりないが、明るくにぎやかでいい」と話し、三男自然さん(18)=同大1年=は「もっと家族が増える将来が楽しみ」と笑う。
 四男公平君(17)=浦添高3年=は「皆勤賞も当然と思ってきた」と話し、五男望君(13)=港川中2年=は「中学も達成したい」と意気込む。
 6人の子どもの成長を支えてきた母弘美さん(50)は「何よりも健康で生まれてきてくれた喜びが大きい」と目を細めた。(座波幸代)
(上記記事はインターネット検索で「本村家」と検索したらトップで出てきます)
※4月5日(4月8報道)→フクシマの放射能が沖縄で観測される。      
※4月24日→沖縄電力も原子力発電を7年前から研究問題が新聞で発覚。

↓全員「皆勤賞」中
※2011/5/17 ↓
        この日は、三日後の5月20日は、15年住んでいる我が家・貸し           外人住宅の家主の沖商不動産の嫌がらせ裁判の和解期日で、その           日までに百万円ほどの大金をその保証人に迷惑を掛けることに            なったお詫びをしに夫婦揃って行って来た。
※2011/5/20 ↓
        この日は本村家にとって、悪いことと嬉しいことが同時に起こっ          た日でもある。
同日 まず、悪いことだが、懸案住居立ち退き訴訟では和解案としてこ         の日までに90万円ほどの大金を一括で振り込む手続きをするこ           とと決まっていました。その日は時間までになんとかしはしたも           ののしっくり行かないような意地悪を相手の沖商不動産から脅し           を受けます。それはやはり後日になってからも尾を引き問題にな           ります。そこを間違うと家を追い出されてしまう羽目になってし           まいかねないような脅しでした。
それまで1年余も裁判で争った我が家・貸し外人住宅の家主の沖商不動産と裁判所提案の和解案が成立していて、その※5・24の4日前の5月20日(金)はその和解案最大の条件だった約90万円を一括で支払う期限日だったので期限三日前の5月17日にその分の支払い手続きを済ませ、当日20日に沖商不動産の代理人弁護士の口座へその支払先から直接振込みをしてもらい済ませた。
 (しかし実際には代理人弁護士から沖商不動産に渡ったのは休み明けの3日後で※5月24日の前日に当たる※5月23日(月)で、しかもその分には実は5月分が含まれていない可能性があることと、もしその5月31日(火)までにその支払いを本村家が怠ったら問題になることなどをお父さんが自分で直接確認のためにその期限日の可能性のある5月31日になって沖商不動産事務所まで来てはじめてその代理人弁護士からのその分の内容の入った領収書が沖商不動産へ発行されているのを気づいた。さらに本村家へのその分の領収書発行の日付もその※5月23日になっているにもかかわらずその旨の領収書を最終日の時間外に渡された格好になり翌日6月1日まで引きずることになる)
その直後、お母さんが沖商不動産事務所に直接行き沖商不動産からセーフティネットでの家賃受け取りに関しても同意書を取ったものの、しかし、後日になって役所から書類様式の違いという単純なやり直し要求があり、又もやそのセーフティネット関連の書類のやり取りで二市度目、沖商不動産事務所で同意書を再度もらった際、その5月20日期限の一括分には5月末日までには収めなければならないはずのその5月分の家賃8万円が含まれていなかったかどうかの確認が取れていないことが分かった。
住まいの安心確認のため、期限日の5月31日(火)に沖商不動産事務所に今度はお父さんが直接出向き提案者である裁判所などとの確認作業に入ったものの、この期限日の時間内はもちろん翌日6月1日(水)の時間内ギリギリになっても確認が取れなかったので解決策として万が一の場合を想定してそのあいまいな問題の5月分の8万円の振り込みを雨の中、ギリギリで済ませ、もし仮に、最悪なケースの5月20日が期限日の一括支払いの中に入っていなかった場合としても問題が起こらないようにとその裁判所の書記官やその他の関係者へ連絡し、解決し、今日に至っているなどがある。
(つまり、家宅捜索のあった※5月24日の前日の※5月23日の時点で、その一括支払い分には実は当月の5月分が含まれていない可能性があるのを沖商不動産は承知してたということになる。)
(その意味からすると沖商不動産は偶然か必然かは分からないがその※5月24日の家宅捜索の前日、 ※5月23日には何らかの意図があったことがわかる。)

同年同月同日 | そして嬉しいことというのは、長女・未姫が、当日行われた「少           年に夢と誇りを責任を、伸びよう伸ばそう青少年」がスローガン           の浦添市青少年健全育成市民会議の平成23年度第25回定例総会           で表彰される。
         表彰理由は「兄弟6人全員皆勤賞」であることや、更に長女・            未姫本人の陸上での当該種目県初全国一の功績が大きかったこと          で兄弟6人全員同じ母校の推薦で兄弟代表として表彰された。

        (そのおよそ一週間後の:5月28日には沖縄タイムス紙社会面の写           真付き記事で報じられ、話