本ブログは「コミュニティー国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。                                                                                                                                                                                                               ある日の週末、茶の間のテレビからTV番組の司会者が視聴者に向かって詫びるように、                                                                                                                         「今回はですね、平和トークという事でやりましたけれども、皆さん(視聴者など)からは、                                                                                                                                                                   核(核兵器)の問題もみんなの(高校生の)意見も聞きたかったとのことなんですが、                                                                                                                                                                              今回時間の関係で、、、。                                                                                                                                                                                                                  これだけでも随分高校生の意見を聞けただけでもよかったと思います、、、。」・・・これは、                                                                                                                                                                             沖縄の一ローカル局・RBC・「ポークとたまご」という番組のエンディングの一幕である。                                                                                                                                                                                                                          その翌日の1994年六月十九日、TBS・サンデーモーニングでは、                                                                                                                                           前日のそのとあるローカル局の続報とも思える内容の、                                                                                                                                            センセーショナルな出来事を報じる報道があった。                                                                                                                                                                                                                                                                            それは、緊迫した北朝鮮の核疑惑問題を捉えた映像から始まった。                                                                                                                                                                                                                                                          ナレーション    金日成主席・カーター元米国大統領会談などで、先行きが見えてきたものの、                                                                                                                                         依然として予断を許さない北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の核開発問題。                                                                                                                                                                                   そんな中、先週の金曜日・(六月十七日)羽田総理は国会で、日本の総理として初めて「日本には核兵器を持つ能力が有る」という趣旨の発言をしました。                                                                                                                                                                                                               くしくも同じ六月十七日、今から二十三年前に沖縄返還協定が正式に調印され沖縄が日本に返還されたのです。                                                                                                                                                                                                             (1971年六月十七日調印)                                                                                                                                                                                                                      核を、”作らず、持たず、持ち込ませず”という非核三原則は、この沖縄返還にちなんで、佐藤栄作元総理が国会で宣言した言葉です。                                                                                                                                                                                                                                    しかし今、一冊の本によって、沖縄の核持込の新たな疑惑が持ち上がってきました。                                                                                                                                                                                                                        (「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」・若泉敬著を写し出し)                                                                                                                                                                                                                                         「私は良心に従って真実を述べる」。            この本の中で、ニクソン元大統領と佐藤元総理との間で、核持込の極秘文書が交わされていた事が明らかになったのです。                                                                                                                                                                                                                                            (1969年十一月二十一日、ワシントンDCにて、核持込の密約があった)                                                                                                                                                                                                                司    会   核の問題というのは、ちょっと我々は(国民は)朝鮮半島の方に気を取られていましたが、何で又、こんな時期に、あの羽田さんがあんな発言をし、又、こんな本がでてくるのかってのは、なんか気持ち悪い気がするんですが。                                                                                                                                                                                                        レポーター   そうですね。                         先ほどお伝えしました本というのは、こちらにありまして、”他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス”、若泉啓さんという方が書かれたんですけれども、この若泉敬さんという方は沖縄返還の時に佐藤元総理の右腕となって働いた方なんです。                                                                                                                                                                                                                 この本の中に沖縄の核についての密約があったという事が暴露されている訳です。                                                                                                                                                                                                                        司    会   ここまでずーと政治は、一切作ってもいないし持ち込もうともしていないと、、、こういうことをして来ましたが。                                                                                                                                                                                                    レポーター   非核三原則を貫いていたはずなんですけてどもね。                                                                                                                                                                                                                    司    会   でも、どっかー、アメリカは持って来てんじゃないかと、こういう疑いは常に有ったワね。                                                                                                                                                                                                              レポーター   そうですね。 実際この本、二千八百円という結構いいお値段で、中は小さい文字でビッシリ書かれているんですけれども、これが沖縄では売り上げ一位になっているという、大反響を呼んでいるんです。                                                                                                                                                                                              司    会   ベストセラー!?                                                                                                                                                                                                                レポーター   その沖縄では、実はこの本が出るのと相前後して、新しい核疑惑というのが持ち上がって来ました。                                                                                                                                                                                                                (沖縄の米軍関連施設全体図及び、名護市・辺野古弾薬庫の位置を示し)                                                                                                                                                                                                                             このピンク色の所が全部あの、米軍の関連施設なんですが、この中で、辺野古弾薬庫(キャンプシュワーブ又はキャンプヘノコ)という所、ここには核に対応する施設が有るというふうな話が今、盛んに沖縄では報道されている訳なんです。                                                                                                                                                                                                              司    会   ほうー。                                                                                                                                                                                                                 レポーター   実際に沖縄に行って取材して来ましたので、ご覧下さい。                                                                                                                                                                                                                                    「この条項でハッキリ、本土、・・・に、取り決めたもの、それに何らの変更も無しに適用される。これでハッキリ本土並みですね。本土には核は有りません。何にも本土と同じように適用されるというなら、何らの疑いを差し挟む余地は無い!。」                                                                                                                                                                                                              (当時の佐藤総理発言映像から)                                                                                                                                                                                                                ナレーション   昭和四十四年十一月二十一日、佐藤総理とニクソン大統領は、日米首脳会談で、三年後に沖縄が全面核抜きで返還される事で合意しました。                                                                                                                                                                                                                  しかし、その会談の二週間前、佐藤総理の特使として裏の交渉を一任されていた若泉敬さんが極秘に渡米。                                                                                                                                                                                                          ワシントン入りした若泉さんは、アメリカ側の実務責任者だったキッシンジャー大統領補佐官と連日極秘会議を行いました。  そこでまとめられたのが、今回明らかになった佐藤・ニクソン両首脳による極秘合意議事録文書です。                                                                                                                                                                                                                     この極秘文書の存在を知っているのは、佐藤総理、ニクソン大統領、キッシンジャー補佐官そして若泉さんの四人だけ。                                                                                                                                                                                                    非核三原則を宣言した佐藤総理に対して、ニクソン大統領が要求した内容は、                                                                                               ”重大な緊急事態が起きた場合には、アメリカ政府は日本政府と事前に協議を行った上で、核兵器を沖縄に持ち込む事”                                                                                                                               これに対して日本側は、                                                                                                                          ”日本政府は、米国政府の必要を理解して、事前協議が行われた場合には、遅滞無くそれらの必要を満たすであろう”-と答えています。                                                                                                                                                                                                                               つまり、アメリカから要求があれば、日本政府は核兵器の持込を受け入れる事を約束しているのです。                                                                                                                                                                                                              ・・・つづく                                                                                                                                                                                                                                                                                                ’06年7月7日              無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?                                                                                                                                                                                                                                      副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                                       読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                                                                                                                             ’06年7月9日           無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           追記:                                                                                                                                                                                政治=統治作用/政治団体=魑魅魍魎(ちみもうりょう)/政治家=厳粛な信託                                                                                                                                                                                                                     上記表題は、「コミュニティーや国の主体を庶民から政治団体へ厳粛な信託の下、政治家を介して託す」ーとの基本的な国の統治のあり方、”しかけ”である政治団体にまつわる定義のすべてを要約しているのだが、しかし、 だからといって普段の庶民生活の場に於いてまで庶民自らが或る特定の政治団体に関するプロパガンダや宣撫的な情報を奨励・示唆するような偏った恣意的言動を振舞うことは、 ただ単にその魑魅魍魎らの”手のひら”の上に乗っかって踊らされているだけに過ぎないことを庶民自身が自ら気付くべきである。                                                                                                              そのような「寄らば大樹の陰か?」または「長い者には巻かれろか?」だけの単純な選択肢のみでは、、、。                                                                                                                                                     この島々にまで広がった島嶼・離島県である琉球弧・沖縄を”ひとくくり”にしてはじめて成り立ってきた古からの「うちなーん人・琉球弧の中の沖縄県」のアイデンティティーなのだから、                                                                           できるだけ広範囲な島々にまで行き届くような点を配慮しなければならないのと同時に、                                                                                           ましてや琉球の歴史的背景からして政治的DNAが割合多くその島々で潜在するうちなーん人・庶民が、そのような杓子定規的な「定義」だけでより多く集い、身近な、または世界の話題を通してうわべだけでさえも、或いは真に交流・ゆんたくできるものだろうか?疑問である。                                                                                                                                                                                    ”ひと”というものは、誰であれ「いったいどこへどれだけの情報利益がもたれされるのかな?」-ということは当然として脳裏の隅に常時置いていることを肝に銘ずべきではないか。                                                                                                                                                                 このことはこの十数年間小生が、憲法第十六条の「個人の請願権」を盾に常に個人の立場で市民運動を続けて来て、時たま遭遇する”彼らの手のひらの上で踊らされている”庶民の方々に対し常に持ち続けている疑問であるが、、、。                                                                                                                                                           小生が思うに、やはり庶民は国の主体なら主体らしく、普段の庶民生活では堂々と自分自身の言葉で政治問題であれ何であれ物を云い、政治を司るべきである。                                                                                                                                                              そしてその上で、選挙の時だけは政治団体や政治家を厳密に選ぶなどといった、現行の「秘密投票」では当たり前な、そして文字通り「厳粛な信託」をもってしてその政治団体や政治家などを介し、政治を行うべきではないか。                                                                                                                                                                        それが引いてはあらゆる立場の庶民自らの交流・自立を促し、とりもなおさず庶民自身の「庶民生活」の中での「普通」の幸せや成功の「実感」を自分自身の手で掴まえることに繋がるものと考えるが、いかがなものだろうか。                                                                                                                                                                     されど、                                                                                                                                  とは言っても庶民の中にはやむを得ず政治団体や宗教団体などへ既に属する方々も当然多く存在することから、誤解の無いように申し上げたい。                                                                                                                                                                               小生は三十年以上も無党派・無宗教・無団体を貫き通していますが、それは小生の生きてきた環境のせいで偶然にそうなったのであって、決して他の”ひと”へ小生のような無党派・無宗教・無団体を薦めている訳ではありません。                                                                                                                                                                                                                                               ’06年7月4日              無党派無宗教無団体  本村 安彦                                                                                                                                                                                                              本ブログは「コミュニティーも国も主体は庶民」(カテゴリー:暮し生活)に属します。合わせてご覧下さい。 関連ブログ: ■コミュニティーも国も主体は庶民  http://ryuukyuukentikuka.ti-da.net/ ■沖縄から核施設を撤去させよう!!  http://motomurayasuhiko.ti-da.net/ ■本土との「格差是正」は労賃・年収から  http://reformsekkei.ti-da.net/ ■侮辱されないサイレント・マジョリティー  http://ryuukyuukokubushinsekkei.ti-da.net/                                                                                           
てぃーだブログ › 沖縄から核施設を撤去させよう!!

2009年07月05日

2009年07月03日

2009年07月03日

2009年07月03日

2009年07月02日

やめてくれ~!!家族数も考慮すべき報道だが一切説明がない。











































































この記事だけだと、社会福祉の低所得基準と矛盾が生じる。

冒頭の掲載写真はその世帯の家族人員数ごとの低所得の目安だが、
それによると:

7人家族だと月に60万円以下前後が低所得だから
仮に年収が60万円だと年収は720万円となる。 (60万円×12ヶ月)
よって、7人家族だと年収が720万円でも低所得ということになる。


これではあまりにも新聞報道とでは差がありすぎる。

これからこういう記事では誤解が起きないような説明が必要だが一切無いのはおかしい。  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 09:50Comments(1)TrackBack(0)子育て

2009年06月27日

2009年06月27日

2009年06月27日

都市対抗・東京ドームへ悲願の初「”実力”九州地区代表権」




















2-1で勝って8月21日には東京ドームで全国本戦。
勝ち上がってしか獲得出来ない第一代表を県勢が勝ち取るのは初めて。
特別枠出場は2000年沖縄電力、1972年オール那覇、1969年琉球生命、1964年琉球煙草。大城哲也監督のコメントは「全国制覇を成し遂げたい」。

先発の新人右腕・仲宗根進二(22)は初回ホンダに長打を許し先制点を与えたが、1点を追う四回表、大城直也の左前適時打で同点に追い付き、五回表には敵失で出塁した金城長靖を犠打などで三塁に進め、古謝景義のスクイズで勝ち越しに成功。

守っては二回以降、仲宗根進二、伊波翔悟、徳元敏、知花訓の4投手の小刻みな継投で零封、逃げ切った。

ハイライト:「(硬式野球部創部から)苦節17年。勝てない時期もあった。絶対に九州の第一代表を取る。そう信じてやってきた」と、「我慢の野球」を揚げる大城監督らしい試合展開だった。初回に敵時打を浴びて先制点先を失った先発を務めた仲宗根進二は毎回のように得点圏に走者を背負う。しかし、直球を見せ球に変化球主体の投球で追加点は許さない。少ない好機をつかんで逆転に成功すると、同じ新人である18歳の伊波翔悟に託す。伊波は六回1死二塁と厳しい場面で起用されたが、強気に内角を攻めて後続を絶った。「最高の場面。気持ちが入った」
共通するのは結果を恐れず、目の前の一球一打に全力を尽くす姿勢だ。2007年途中で就任した大城監督が全国の舞台で戦うために言い続けてきたことが、新人にまで浸透していた。

最後はプロ野球経験もある徳元敏、12年目の知花訓とつないで逃げ切った。終盤も綱渡りの連続。さぞ指揮官も肝を冷やしたことと思いきや、大城監督は笑いながらこう言った。「17年間も我慢したのだから2時間ぐらい大丈夫」(毎日新聞社提供)今朝の琉球新報紙から抜粋

涙の島袋初代監督:
県勢として初めて沖縄電力が”自力”で都市対抗野球本大会の出場権を勝ち取った26日。初代監督で現在は野球部副部長を務める島袋靖和さん(45)は、自ら指揮した17年前のデビュー戦を思い返していた。「あの時も、相手はホンダさんだった」。
沖縄電力の硬式野球部が誕生したのは1992年。夏の全国高校野球選手権で沖縄水産が90、91年2年連続で準優勝に輝き、沖縄の野球熱が一段と高まっていた時期だ。地元で高校球児の受け皿を作ろうと、軟式だった野球部が硬式に。辞める選手もおり、最年長の島袋さんが監督を務めることになった。
「大変でした。引き受けたことを何度後悔したことか」。もともと野球好きだったが、高校野球の経験はない。「指導はコーチに任せ、みんなを一つにすることだけに気を配った」
92年の都市対抗九州地区予選。初戦の相手もホンダだった。先制点を挙げ、勢いに乗って気が付けば8-4で初勝利。

当時練習は週3日程度、仕事が終わる夕方以降、会社から約20キロ離れたナイター照明設備のある球場に通った。高校出身の選手頼みでは厳しく、「コールド負けばかりだった」だけに、初陣の勝利は格別だった。

この時のウイニングボールは今も自宅の書斎に飾ってある。95年夏まで監督をした後はずっと副部長。創部当時から在籍するのは、島袋さんと野原毅コーチ(35)の2人だけだ。

「今年のメンバーは最強だと思う」と島袋さん。試合終了後、グランドで歓喜する選手たちを見つ、ベンチでそっと目頭を押さえる姿があった。(毎日新聞社提供)今朝の琉球新報紙から抜粋
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 11:07Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月23日

警官の数が多いのに面喰らう群衆

旧日本軍も、薩摩軍や明治政府。そして
先の本土復帰の際の日本政府職員らの差別は
「沖縄はオキナワであって、日本じゃなかったから」ーという。

2009年6月23日午前11時43分 慰霊の日 摩文仁・平和の礎入り口レストランにて

  

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2009年06月18日

父兄や教職員のフォーラム提起あったが、保護者へ謝罪なし

父兄や教職員のフォーラム提起あったが、保護者へ謝罪なし







































委員からは「カルテはなくてもよいのでは」などの声もあった



















この子が中学や小学校へ通っていた頃からか、、、。
待てよ、今でも小学校にはこの子の兄弟が二人もいる、、、。


















「県立高校で導入している」とある。未だに信じがたい
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 11:55Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月17日

なんで変わって行くんだろうか。

私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!? 
、、、是非、ブログ「侮辱されないサイレント・マジョリティー」の説明文を併せてこの「カルテ」問題を考えて頂きたい。


私たち庶民自身が、自分でいいと思うことはなぜ?、、、否定される!?

                                                                                                                                                 

副題: 今のままの日本国の政治では、ワッター!ウチナーンチュという庶民自身の心底願うことが否定され続ける!!                                                                                                                                                                                        

読者の皆さんは、、、。 特に政治家の皆さんは、 どれだけご自分の思うとおりの世の中がこの世の中であるのでしょうか?。又、ご自分の思うとおりに存在していますか?  もし、お答えになれないようであれば、この拙文をご覧ください。  ・・・特に政治家の皆さんは、、、。   例えばこの世の中で、特に政治ではタブーではあっても、 「この問題が広く伝わり、議論とまでは云わずとも、井戸端会議程度でさえも広まれば広まるほど、かなりの世の中は、間違いなく良い方向に変わるのではないか?」ーなどと、、、。 そんなことを考えたことはありませんか? ・・・しかし、そのような政治的な、そして人には容易に言えないような、 しかもこの世の中にとって、ある種とても大切なことを、 当時も今もこの沖縄の一般的な世の中では比較的に、「あまり」-広くどころか、まったく語られません。 なぜでしょうか?  ・・・それは、、、、。 誰であれ皆人は、同じ”ひと”であって、平等だからである筈だからです。 ですから、”ひと”であることによってなおのことその世の中にとっていい筈のことがあまり語られることはありません。 では、 そのような道徳心そのものを抑えているのは「何」か?、、、。 そして ーそれさえも誰も、何も感じないのでしょうか? 、、、そんな筈は無い筈です。 ならばなぜ、、、いつまでもそのままでいい、などと庶民が思っている筈はありません、、、。 しかしそれでも、、、あえてなぜか?ーという場面が多く存在します。 ーだから、 その答えは、、、「全てが逆回りで回転している」、、、から、と小生は言いたいのです。  全てのあらゆる「当初」の問題である社会問題?、、、。  (最初に提起される問題) -それは当然のように、「庶民すべてが助かる方向」-との意見で公にまとめられ、 そしてその中での悪人は全て糾されるかのごとく変化しようとするかに見えます。 それは小生の知る限りに於いていつの時代も「当たり前」に始まります、、、。   しかし 、、、現代では終局的に、どうでしょう? 現実はその庶民の心底いいと思う方向の逆、 、、、結局、庶民が困る方向でしか、司法、立法、行政はたしなめるしか無い、、、様です。  ・・・「良心の呵責」・・・。いい言葉ですね。 中学の恩師と久し振りに対面したような、、、。 、、、そんな気分であります。                                                                                                                                                                                                               ’06年7月9日 無党派無宗教無団体  本村 安彦           

Posted by 無党派無宗教無団体 at 01:21Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月16日

アンケート前になぜ人権侵害を指摘しなかったのだろうか





















今日付けの琉球新報紙20ページ 琉流トレンド面から
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 15:25Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月16日

「カルテ」を書くことが人権侵害になる

「カルテ」自体が人権侵害 今日付けの沖縄タイムス紙教育面
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 14:35Comments(0)TrackBack(0)

2009年06月15日

唯一の被爆国が「傘をくれ」と

サイパン、テニアン、オキナワ、ヒロシマ、ナガサキガ怖くてだろ。

普段は「北朝鮮だろうが中国だろうがやってやろうじゃねぇか」
ーと嘯いている奴等に限って。

by琉球人  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 23:22Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月15日

複数子どもがいる家庭に高校・大学の入学金や授業料免除原案

複数子どもがいる家庭に高校・大学の入学金や授業料免除を原案にすべき

















高校生以上は制服代、教科教材費、携帯電話料金も加わえたい



















複数の子がいる家庭を支援するのは当たり前だけど、、、。
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 14:24Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月14日

その場合、家庭が子沢山だと多くの担任教師と重複する訳だが

その場合、家庭が子沢山だと多くの担任教師と重複する訳だが
同時にそれぞれの担任の先生が違う先生と共に情報を交換するいい機会。しかし、保護者へは何の報告する義務も生じない仕組み。公序良俗に反するこんなことが実際に教育関係者らの公の場所で行われていたのだろうかと疑いたくなる問題だ。

なにしろ、我が家では常時5人から6人が常に重複していたにもかかわらずまったく知らなかったからそう云える。















2003年のあの時、保護者ともっと情報の共有をしてたら
子供の居場所がなくなってしまった現状を憂い、現代の子供達が放課後どこでどのように過ごしているかを把握しようー何とかしようと取り急ぎ始めたらしいが欲が出たらしい。

沖縄のすべての教育者が楽々とすべての沖縄の子供の生活環境の一面を得ることが出来る。
保護者も知らないその子どもの将来をも左右する秘密情報を手にすると言う事は恐ろしい権力にもなる。











きっかけの北谷町の事件の時も少子化問題までに至らなかった
当時は育児放棄と戦前戦後から続く沖縄特有の低労賃・低年収からくる生活苦問題がセットになって議論された。

今回はというと、憲法違反を教育現場が犯していたということは問題としながらも、
あくまでも「一人の子に対する一人の担任教師だけ」の問題であるかのごときで推移している。

やはり今回もその原因が少子化にあることまでは言及できずに終わってしまうのだろうか。  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 23:07Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月13日

佐藤 優

「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e2665637.html  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 07:02Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月12日

「カルテ有効。実施は保護者の理解を得る努力必要」と担当者



















「沖縄は全体主義の島じゃない」ことをきちんと議論したい

要旨:東京からみると沖縄は全体主義の島になぜ見えるか。違うのに。

冷静に議論したい。

沖縄は独立する能力はあるが、外交交渉に膨大なエネルギーを要する。

軍靴を履く者を崇めることがなきようにするためにはどうするか。

中央省庁に飛び込み、沖縄の味方を増やせ。

集団的・地域的エゴイズムを是とする発想で目に見えない「沖縄党」をもって道州制を議論したい。

基地依存型経済・土建政治から脱却し、仲間に引き入れて自己革新させ、更に沖縄の利権構造を作らねばならない。官僚や保守陣営も味方につけて、保守と革新の壁を越えて沖縄のためにやってもらいたい。

教科書検定問題では皆が一致協力して「沖縄党」ができた。意見が相入れない立場の人にも心があって、その琴線を動かす力を持つ人がいる。心がこもった民衆運動というのは必ず伝わる。そして意見の違いを認識し、なるべく一致点を見いだすことが必要。

(今日付けの沖縄タイムス紙文化面「沖縄の未来を語る」から抜粋)作家 佐藤 優

これ↓もご覧ください。無党派無宗教無団体
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html

そして、これ↓もご覧ください。本村安彦
http://motomurayasuhiko.ti-da.net/e2665637.html  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 14:24Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月09日

それでもその許可された数は申し込みをした生徒のほんの数割程度

総数約四万五千人いるすべての県立高校生の一割に相当する
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 23:52Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月09日

大人じゃないんだから毎年リセットのチャンスをあげようよ

大人じゃないんだから毎年リセットのチャンスをあげようよ




















  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 13:59Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月08日

37万人もの県民の存在を無視している論だ

国境を消し去るには条件がある。先ず過去の琉球・沖縄を敬え




































































今日の琉球新報紙文化面。出だしから違和感をもった。

村瀬さんにながいさん。大事なことが欠落していますので転写しながら後ろに括弧()でその違和感を詳細に説明致します。

私たちは日本が好きだ。日本を誇りにすら思っている。(この琉球新報紙を手にする多くの者にとっても、一般的な日本人にとっとも普遍的ではない)

だが、私たちは自分で選んでこの国に生まれたわけではない。たまたま、日本に生まれ、(1952年・昭和27年4月28日以降、1972年・昭和47年5月15日までの間、琉球諸島の米国民政府下の琉球政府で生まれた現在56歳から36歳までの沖縄県民約37万人は生まれた時は琉球政府ですから日本人ではない)親から、社会から日本人として育てられた。(現在56歳から36歳の沖縄県民約37万人は親から、社会から琉球・沖縄人として育てられた)

、、、人は日本人に生まれない。日本人になるのだ。(、、、人は琉球・沖縄人に生まれない。琉球・沖縄人になるのだ)

、、、国籍を意識して生まれただろうか?物心がついたとき、そこが祖国だと知らされたのである。(”)
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 19:33Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月08日

2009年06月07日

もう一方の重要な教育者である親や保護者意見も抜けている












































































教師らは裏帳簿という悪魔の囁きに負けてしまったのだろう。リセット作業。

教え子をを肉眼でみるため。だから聖職だろに。

それを大変だからといって省略してしまうために前任者の裏帳簿を活用するとはな。
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 12:13Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月06日

先生が六年前から内相で家庭調査。自殺志向電話相談件数倍増

そんな沖縄を良くするためにはこの↓ような動きが方々で起ることが基本じゃないでしょうか。
逆に言えば、これまでの400年間一度もこのような行動をとったことがなかったからこんな琉球になった。
違いますか??
http://www.ntt-i.net/ryukyu/mainichi-400nen.html
  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 20:02Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月06日

県教育長は高校60校にも「(秘密の)カルテは存在する 」と






































小学校で秘密裏に作製されたカルテが中学へ継続されていたことは、「成長し、変化していく子どもたちの記録を長く残しておくことに教育上の意味があるのだろうか」と疑問を提した答申後一転して「秘密の指導カルテ」と認めた。カルテについてこれまでは1992年に市広報告示した「教育指導業務」の一環だったと主張していたが、、、。逃げ切れず答申後「個人情報の扱いで認識不足があった」として、主張の過ちを認めた。

















息苦しくなった沖縄社会。

倍増する沖縄いのちの電話相談




  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 15:17Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月05日

新聞の「カルテを考える」1


















「人権侵害の恐れ濃厚。なぜなら個人情報保護条例に違反する恐れが濃厚たからだ。」

「教育を受ける権利を侵害している恐れがある。例えば、日々成長している子供の”こんな子”として情報が固定されては適切な教育を受けられない。」

「子どもだけじゃなく親や家庭のプライバシーの侵害そのもの。一方の教育の重要な担い手であるはずの親とは情報を共有しないということから、カルテの目的は学校が”問題のある子や親”をマークするものかと疑う。」

「子という個人の尊重がないがしろにされているような気がする。」

「親は権利意識を持って、子どもの”カルテ”に何が書かれているか感心を持って欲しい。」


  

Posted by 無党派無宗教無団体 at 11:45Comments(0)TrackBack(0)子育て

2009年06月04日

指導カルテ




















親や保護者に秘密にしておく事は少年の健全な育成を阻害したと言える。何故ならカルテを作製した教師は皆非行のない少年を調べる成人なのだから。

子供が理解出来ない手法でその子供の監護教育義務者である親や保護者との生活環境をこっそりとその子供の親や保護者に内緒で聞き出す。

6年間いや、僅か数年間でさえも聞かれ続けていた今の幼稚園児から高校生・大学生までの児童・生徒・学生らの目線は学校教師の位置に固定されていることになる。

きっと、親や保護者の社会的序列はその親よりも一回りも二回りも年下の教師よりかなり低く下げられて評価されている事だろう。

今回初めて一般社会に発覚した際に、その目的はーと問われると、子供の健全育成に使用する「指導・支援カルテ」の作製のためというからなおのこと呆れる。

そんな事をしてるから少年らは年々益々親や保護者の正当な監督に服しなくなる。それこそ本末転倒だ。

「親の云うことを聴きなさい」と諭し、人倫という社会秩序を維持する上で一番大切にされなければならない物事の正しい順番を教え聡さなければならない立場の筈の教師がそれを無視することでむしろ少年らの非行化を促している結果になる。
わったー琉球人が古から誇りにしてきたてぃんさぐぅ~の花はどこへやら。


今日現在24才の長男が高三の時から大学までの間聞かれ、現在大学一年生の次男が中学一年の時から、現在高校二年生の三男が小学校五年生から、現在高校一年生の四男が小学校四年生から、現在小学校六年生の五男が小学校一年生から、現在小学校五年生の長女が幼稚園からず〜と聞かれ・診られ続け、そのことを親 や保護者に対してだけ秘密にしている。

言い換えればなんと6年間で六人の子供の担任教師(合計人数=1人+5人×6人=)31人全員が親で保護者でもある私や妻に内緒でわが家の家庭生活環境について、その担任から新学年の担任や上の学校へ子供達を通して記録しているということになる。

加えて、問題はまだまだ広がる。
「児童の生活環境秘密調査」
ーなのだから地域の生活環境も勿論の対象になるのだから真面目に健全育成に取り組んでいる地域の人々も対称だからだ。
わったー琉球人が持っている道徳的誇りのていじゅんそく・なぁ~ぐうやかたぬりくゆのここる!やちゃ~ないが。


気持ち悪い。


  

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2009年05月26日

薩摩の支配400年 琉球処分130年を問う













































































昨日の投稿ご依頼の返事です。400〜450文字より数倍も長くなりましたが、ご勘弁を。適当にまとめてください。よろしく。

希望としましては、本題の牧港のおばぁ〜ちゃんの話だけでも掲載して頂けないでしょうか。
数度ですが、その話をした経験からしてかなりショックを受けるようです。
特におきなわの”インテリ”な人ほど強烈のようでした。
でも、これがおきなわの一般的な人々の戦争や政治家に対する怨念スタンスでしょうから小生の意中をご理解いただきますようよろしくお願いいたします。


投稿文:タイトル「ギャップ」

 インターネットでこの投稿文の筆者である「本村 安彦」という親から頂いた実名を検索しますと
ぬぅ〜ぬ ぬぅ〜んちゃえ〜 ねぇ〜らん。
(なんだ よけいなことより)
くぬぅわらべぇ〜 うちなぁ〜の普通ぬおとうやっさぁ〜!!
(この人は 沖縄の普通のおとうさんじゃないか)
ーであることが直ぐにばれることでしょうから、
インターネットを多用しているであろう400年や130年のここであえて自己紹介はいたしません。悪しからず。

 「常日ごろはお前が正しい言動を発し、生きていることはこの十数年間見てきた。誰も認める。
しかし、筋の通らない行動を取ったりするお酒を飲んだ時は最低。或いは幻滅させられるよぉ〜。」
ーこのことは一生ついて回るのだろうか?

 十五年前、この世のすべての人々はすべて自分と同じ程度以上の理解力が備わっていて、賢者ばかりだと信じ、
連日「沖縄から核施設を撤去させよう!」という独自の署名運動に丁度三年間取り組んだ。

 浦添市内の全世帯をアポなしで、しかもたった一人で練り歩いた二年目のある日、
署名運動を始めてからそれまでの間、どうしても知りたいことがあってなぜかむきになっていた。
それは当時七十や八十のおじいちゃんやおばあちゃん達だけが口を揃えて云う「署名拒否」の理由がなぜか同じようなメッセージだったからだ。

「にぃ〜にぃ〜、(坊や)あんたが言いたいことも、おきなわやせかいのためになることもわかるよぉ〜。
あんしがやぁ〜、、、(でもね、、、)ちゃあ〜しんくぅぬ署名簿んかいや わぁ〜むんな〜やかからんさぁ〜、、
にぃにぃ〜(どうしてもこの署名簿には私の名前はかけないよ。坊や)」
ーという、どうしても筋の通らない、
訳の分からないしかも皆賢そうな年寄り達だけが署名をしない言い訳があったからだった。

そんな思いが募ったある日、どうしてもその訳を知りたいと思い、いつもなら一日に数十件も回るところをとうとうその日は
地元・浦添市内の牧港地域のそのおばぁちゃんち一軒だけで夜中の12時を回っていた。


おばぁ〜ちゃん;
 「戦争が憎い。それよりももっと憎いのは政治家。
先の戦争の時。自分は上の学校へ行きたかった。
でも戦争がやって来て、学校どころでなくなった。
やっと、戦争が終わる頃学校へ行こうと思ったら学校も無くなっていた。
戦争が本当に終わって学校へ行こうとした。
でも木の下の青空学校だった。がっこという形はたしかにあったけど。
しかしその時はもう既に子供ができていて、
自分の学校どころじゃなかった。二人、三人と子供が生まれていた。
その子供の名前をつける時、どうしたと思う。
今もだけど出生届けと同時に名前を役場に出さないといけないよ。
当時の出生届と名前の用紙は、今のように雛形が準備されていなかったよ。
すべて筆書きだったよ。
しかも縦書きで、まぁ〜まぁ〜ぬ、たぁ〜たぁ〜ぬやぁ〜んかいわらびぬうまりたん。
(このたび、どこどこの誰々の家庭に於いて赤ちゃんが生まれました)
のぉ〜じぇ〜ぬぅ〜ぬぅ〜、なぁ〜や ぬぅ〜ぬぅ〜。
(姓は何々、名は何々)
ーんちぃ!いじゃさんねぇ〜ならんたんろぉ〜ひゃ〜!!
(−その通り書いて出さないといけなかったんだって!!)
学校んいじてぃんうらんそぉ〜てぃ!たぁ〜が かちゆぅ〜すみぃ〜ひゃ〜!
(学校もまともに出ていないのに!誰が書けると思う!)
で、子育てが終わって、学校へ行こうと思ったらもうおばぁ〜ちゃんになっていた。
だから戦争が憎い。人生を返せと言いたい。
そして、それよりももっと憎いのはその当時の政治家。
当時もみ〜んな学校の先生達が政治家になっていた。
自分達に勉強を教えるための学校は二番で、政治活動だけだった。
「おかげで自分も、自分の子供もみ〜んな小卒か
中卒。自分が学校出られなかったから貧乏で自分の子供も学校へ行かしきれなかった。子供の子、孫も学校行かしかんてぃ〜しているし。(学校への費用を間に合わすのに苦労している)、、、。終戦から五十年経った今でも、その戦争のせいで学校に行けなかったおかげで孫の時代の今まで貧乏している。


内地では自分と同じ年代でも大卒は当たり前にいるのに、、、。
生活・経済は学歴で決まるよ。
あの時、
当時の沖縄の学校の先生達が政治活動よりももっと学校創りに力を入れていたら
自分も今頃は内地の同年代と同じように金持ちになっていた。
だから戦争が憎い。今の知事も元々は教育者だったんだろっ!!

あんたは今日、この署名簿を「総理大臣へ出すから署名して」ーと、言うけど、
そんな公なものに書けるような字は書けないよ。学校出ていないから。
あんたの気持ちは良く分かる。
あんたが正しいことも良く分かる。
でも私は世間で言う文盲だから署名できないんだよ。どうしても清書できないから恥ずかしくて、、。

そのおかげでどんなだったか分かる。
当時子供が生まれた時。大嫌いな部落のボスや、学校の校長先生。或いは、
役場の年下の職員さんに名前を付けてもらった。
自分の子供の名前さえ付け切れなかったんだよ。
だから、
そのお方達の思いのままに選挙などでは名前をかいたよ。「くぬちゅんかいやぁ〜」
(この人に投票してよ!)
ーと言われて。
うんじかんとぅ〜ぐとぅ、
(恩義があるから)
自分の意思で投票出来なかったよ。
自分の子供の将来を決める選挙だのに。
わかる。その気持ち。苦しかったよ。今でもそうだよ〜。
だから戦争が憎いのと同時に政治家が憎い」。

筆者;
「うん。わかった。その事をできるだけいっぱい いっぱい 伝えるから」。

2009年 5月22日
無党派無宗教無団体 琉球建築家 本村 安彦

  

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2009年05月26日

金城氏「琉球処分の歴史的評価は常に沖縄問題=民族統一」

昨日の投稿ご依頼の返事です。400〜450文字より数倍も長くなりましたが、ご勘弁を。適当にまとめてください。よろしく。

希望としましては、本題の牧港のおばぁ〜ちゃんの話だけでも掲載して頂けないでしょうか。
数度ですが、その話をした経験からしてかなりショックを受けるようです。
特におきなわの”インテリ”な人ほど強烈のようでした。
でも、これがおきなわの一般的な人々の戦争や政治家に対する怨念スタンスでしょうから小生の意中をご理解いただきますようよろしくお願いいたします。


投稿文:タイトル「ギャップ」

 インターネットでこの投稿文の筆者である「本村 安彦」という親から頂いた実名を検索しますと
ぬぅ〜ぬ ぬぅ〜んちゃえ〜 ねぇ〜らん。
(なんだ よけいなことより)
くぬぅわらべぇ〜 うちなぁ〜の普通ぬおとうやっさぁ〜!!
(この人は 沖縄の普通のおとうさんじゃないか)
ーであることが直ぐにばれることでしょうから、
インターネットを多用しているであろう400年や130年のここであえて自己紹介はいたしません。悪しからず。

 「常日ごろはお前が正しい言動を発し、生きていることはこの十数年間見てきた。誰も認める。
しかし、筋の通らない行動を取ったりするお酒を飲んだ時は最低。或いは幻滅させられるよぉ〜。」
ーこのことは一生ついて回るのだろうか?

 十五年前、この世のすべての人々はすべて自分と同じ程度以上の理解力が備わっていて、賢者ばかりだと信じ、
連日「沖縄から核施設を撤去させよう!」という独自の署名運動に丁度三年間取り組んだ。

 浦添市内の全世帯をアポなしで、しかもたった一人で練り歩いた二年目のある日、
署名運動を始めてからそれまでの間、どうしても知りたいことがあってなぜかむきになっていた。
それは当時七十や八十のおじいちゃんやおばあちゃん達だけが口を揃えて云う「署名拒否」の理由がなぜか同じようなメッセージだったからだ。

「にぃ〜にぃ〜、(坊や)あんたが言いたいことも、おきなわやせかいのためになることもわかるよぉ〜。
あんしがやぁ〜、、、(でもね、、、)ちゃあ〜しんくぅぬ署名簿んかいや わぁ〜むんな〜やかからんさぁ〜、、
にぃにぃ〜(どうしてもこの署名簿には私の名前はかけないよ。坊や)」
ーという、どうしても筋の通らない、
訳の分からないしかも皆賢そうな年寄り達だけが署名をしない言い訳があったからだった。

そんな思いが募ったある日、どうしてもその訳を知りたいと思い、いつもなら一日に数十件も回るところをとうとうその日は
地元・浦添市内の牧港地域のそのおばぁちゃんち一軒だけで夜中の12時を回っていた。


おばぁ〜ちゃん;
 「戦争が憎い。それよりももっと憎いのは政治家。
先の戦争の時。自分は上の学校へ行きたかった。
でも戦争がやって来て、学校どころでなくなった。
やっと、戦争が終わる頃学校へ行こうと思ったら学校も無くなっていた。
戦争が本当に終わって学校へ行こうとした。
でも木の下の青空学校だった。がっこという形はたしかにあったけど。
しかしその時はもう既に子供ができていて、
自分の学校どころじゃなかった。二人、三人と子供が生まれていた。
その子供の名前をつける時、どうしたと思う。
今もだけど出生届けと同時に名前を役場に出さないといけないよ。
当時の出生届と名前の用紙は、今のように雛形が準備されていなかったよ。
すべて筆書きだったよ。
しかも縦書きで、まぁ〜まぁ〜ぬ、たぁ〜たぁ〜ぬやぁ〜んかいわらびぬうまりたん。
(このたび、どこどこの誰々の家庭に於いて赤ちゃんが生まれました)
のぉ〜じぇ〜ぬぅ〜ぬぅ〜、なぁ〜や ぬぅ〜ぬぅ〜。
(姓は何々、名は何々)
ーんちぃ!いじゃさんねぇ〜ならんたんろぉ〜ひゃ〜!!
(−その通り書いて出さないといけなかったんだって!!)
学校んいじてぃんうらんそぉ〜てぃ!たぁ〜が かちゆぅ〜すみぃ〜ひゃ〜!
(学校もまともに出ていないのに!誰が書けると思う!)
で、子育てが終わって、学校へ行こうと思ったらもうおばぁ〜ちゃんになっていた。
だから戦争が憎い。人生を返せと言いたい。
そして、それよりももっと憎いのはその当時の政治家。
当時もみ〜んな学校の先生達が政治家になっていた。
自分達に勉強を教えるための学校は二番で、政治活動だけだった。
「おかげで自分も、自分の子供もみ〜んな小卒か
中卒。自分が学校出られなかっまから貧乏で自分の子供も学校へ行かしきれなかった。子供の子、孫も学校行かしかんてぃ〜しているし。(学校への費用を間に合わすのに苦労している)、、、。終戦から五十年経った今でも、その戦争のせいで学校に行けなかったおかげで孫の時代の今まで貧乏している。」


内地では自分と同じ年代でも大卒は当たり前にいるのに、、、。
生活・経済は学歴で決まるよ。
あの時、
当時の沖縄の学校の先生達が政治活動よりももっと学校創りに力を入れていたら
自分も今頃は内地の同年代と同じように金持ちになっていた。
だから戦争が憎い。今の知事も元々は教育者だったんだろっ!!

あんたは今日、この署名簿を「総理大臣へ出すから署名して」ーと、言うけど、
そんな公なものに書けるような字は書けないよ。学校出ていないから。
あんたの気持ちは良く分かる。
あんたが正しいことも良く分かる。
でも私は世間で言う文盲だから署名できないんだよ。どうしても清書できないから恥ずかしくて、、。

そのおかげでどんなだったか分かる。
当時子供が生まれた時。大嫌いな部落のボスや、学校の校長先生。或いは、
役場の年下の職員さんに名前を付けてもらった。
自分の子供の名前さえ付け切れなかったんだよ。
だから、
そのお方達の思いのままに選挙などでは名前をかいたよ。「くぬちゅんかいやぁ〜」
(この人に投票してよ!)
ーと言われて。
うんじかんとぅ〜ぐとぅ、
(恩義があるから)
自分の意思で投票出来なかったよ。
自分の子供の将来を決める選挙だのに。
わかる。その気持ち。苦しかったよ。今でもそうだよ〜。
だから戦争が憎いのと同時に政治家が憎い」。

筆者;
「うん。わかった。その事をできるだけいっぱい いっぱい 伝えるから」。

2009年 5月22日
無党派無宗教無団体 琉球建築家 本村 安彦

  

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2009年05月24日

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